ご縁のあった人たち

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2022年10月 1日 (土)

割り切りすぎる認識の弊害

 昔と言っても平成時代のジョークに

「MBAの目を見たら『田』の自我見える」

があった。

 つまり何事も、4分割して考える。代表的な製品の扱いでは

縦軸に市場成長率、横軸に市場占有率を置き、四つの象限を作成し、各象限を

 「問題児(question mark)」 「花形製品(star)」

 「負け犬(dog)」      「金のなる木(cash cow)」

と名付け、その中に各製品をプロットし、その位置によって、拡大や維持、縮小、撤退などの経営判断を行う。

と言う風に整理している。

 この考え方は、分かりやすくしかも一本の軸でないので、説得力があるように感じる。

 しかしながら、この様な割り切りでは、落ちるモノが出てくる。例えば

市場占有率が低く、しかも市場の成長が望めない製品
でも
作っていることに意義がある製品

もある。極端な事例では

皇室御用達の品々

である。

 こうした、割り切りの激しい思考は、高学歴社会になるほど増えてくりように思う。

2022年9月30日 (金)

電力行政について思うこと ー大電力に甘えるな!ー

 今朝の朝日新聞の一面に、電力料金について、岸田総理が何か考えているという話が出ていた。

 確かに、電力の料金問題は、色々と考えて欲しいが、もっと大事なモノが見落とされている。それは

電力自由化とは何か?

と言う議論である。もう少し言えば

自由化したら安定供給の責任はどこに?

に関する議論である。現状を言うと

発電等に参入は自由化
しかし
安定供給の責任は大電力会社
理由は
中央給電指令所は電力会社が運営

と言う状況になっている。もう少し説明すると

風力や太陽光の不安定な発電供給を
需要者に安定供給させる責任を
大電力会社に押しつけている

と言う状況である。この発想は、昔C県C市であった

台風で停電が起こったとき
官庁の責任である道路の復旧もせず
停電と言うことでT電力を追求した

発想に似たものを感じる。

大企業だからそれぐらいやれ

と言う甘えである。

 しかし、ここまで自由化を推し進めるなら、電力行政として

供給安定のための系統制御

は政府の責任ではないかと思う。

 なお、アメリカの場合は

中央給電指所所は電力自由化で消滅
契約範囲の供給責任で停電は需要者が自衛

と言う割り切りがある。

 ここまで割り切れない日本なら、政府の責任で電力供給の安定化を行うべきだと思う。

2022年9月29日 (木)

アメリカの大学院卒業者の即戦力について

 アメリカの大学(院)卒業生は

即戦力になる

と言う話がある。私は、1970年代で、ソフトウエア技術者として、この問題を実感した。つまり

  • アメリカのソフトウエア製品は大学産のものも多く
    大学卒業の後即座に戦力になる
    逆に大学で学ぶPASCALが標準言語となる
  • 日本では企業が作る製品が多く
    大学卒業後も企業内で訓練しないと戦力化しない
    そこで蓄積のあるFORTRAN等を使う

と言う状況であった。私は1980年代のアメリカのNCC(コンピュータの学会)を垣間見る機会があったが

ソフトウエアの再利用は自分たちの方が進んでいる

という感じがした。これは、企業内の伝承が旨くいく日本の企業文化の成果だと思う。

 これをもう少し踏み込むと

  • 公差内のバラツキを許容するアメリカ文明
  • 要求にキチンと合わせ込む日本文明

の特徴が一つある。例えば、1980年代のパソコン導入時には

  • アメリカ人は既製のソフトを買い込む
  • 日本人はBASICで要求に合う物を作る

であった。

 さて、ここでアメリカ方式について、一つの問題点は

大学は出たが不適切

な者の存在である。

 この問題は、アメリカ社会は対策ができている。つまり

市場原理による淘汰

である。具体的には

  • 不適格者は馘首
  • 被害を与えられたら訴訟

と言う、雇用環境だから

大学卒業即戦力

が成立すると思う。

2022年9月28日 (水)

一寸入院します

 本日(9/28)は、大腸ポリープの切除のため、これから入院します。

 短ければ明日退院ですが、年寄りですので長引くかもしれません。

 その時はブログ更新をお休みさせて頂きます。

 ご心配をおかけしましたが、本日(9/29)無事退院できました。結果は順調らしいです。入院中一番痛かったのは

点滴の針を4回刺された
3回失敗4回目で成功

でした。

 ありがとうございました。

2022年9月27日 (火)

60万アクセス達成の御礼

 先ほどアクセスカウンタを見たら

60万

を突破していた。

読者の皆様に厚く御礼申し上げます

 このブログは、既に十数年に渡り、ほぼ毎日書いている。記事数も七千を超えているので、近頃は

1日に百以上のアクセス

をいただいている。有り難いことである。

 アクセス上位には、相変わらず

正社員登用関連

が多いが、近頃は

色々と尖った意見

を見に来ていただく人が増えてきたように思う。有り難いことである。

 70過ぎた老人であるが百万アクセスを見るまでは書き続けたい。

2022年9月26日 (月)

行政権力は民を網に掛けてはいけない

 今朝の朝日新聞の社会欄に

えん罪被害者

の話が載っていた。この様な「えん罪問題」があるから

刑事裁判においては疑わしきは無罪

と言う発想になる。つまり

国家権力 対 個人

と言う力の差を考えての判断である。これは、性犯罪などでは、悪用される可能性がある。従って

刑事裁判は不起訴
両者対等の民事での決着

と言う事態も起こる。某ジャーナリストの事件でも、刑事なら無罪判決になってもおかしくない。そのようなとき、それを振りかざして、被害者に対するさらなる攻撃が行われただろう。しかし、民事で無事

悪意ある行動

を認めさせたのは良かったと思う。

 さて、この

国家権力と一般人

の問題で気になるのは「M学園問題」である。これは国有地の「異常に低い払い下げ」がマスメディアなどが追求しているが、別の見方もあると思う。なお、私はあの土地は昭和の30年代から知っている人間である。その立場で言わせて貰うと

掘れば何が出てくるか解らない
(毒性のある産業廃棄物も含めて!)

と言う土地というのは実感している。一時期は、ゴミ捨て場だった土地であるし、湿地を色々なモノで埋め立てている。

 さてそのような土地の払い下げに関して

これ以上瑕疵責任を追及しない

と言う条件で

色々言いがかりを付けそうな人物

に売りつけたことは、担当官僚としては

よい仕事

だったと思う。しかしながら

無知な民を言いくるめる

と言う行動は

大局的な立場
高位官僚

からは、困った行動であり、記録に残すべきではないと、無理矢理消させたとしても不思議はない。

 この様な可能性を考えて見た。

2022年9月25日 (日)

軍事用語に対する拒絶反応について

 日経クロストレンドに

マーケターは軍事用語をいつまで使うのか? 顧客は標的ではない:日経クロストレンド (nikkei.com)

と言う記事があった。有料記事なので詳細は見ていないが、確かに

用語の本来の意味を知らずに使う

危険性は警告に値する。また、顧客対応や市場を

征服対象

と言う発想は、顧客と一体での成長などを見逃す危険性も一理ある。

 しかしながら

軍事用語は悪い

と言う価値観での議論だと、これはという感じもする?もう少し言うと、経営学において、軍事用語がどれほど入っているか、考えたことがるだろうか?例えば

戦略と戦術
目的と目標
ラインとスタッフ

は全て軍事的な起源を見いだすことが出来る。

 もっと言えば、アメリカ流の色々な学問には、軍事の色が根底に流れている。

アメリカ流の能力開発に対して考えること: 勉強の方法補充 (cocolog-nifty.com)

 逆に、日本の武道には、仏教思想が多く入っている。それがまた文化に戻った場合もある。例えば

残心

は、武術用語なら

勝ちを収めた相手でも反撃の可能性があるので油断しない
柔道の一本の後のガッツポーズなど論外
そこで相手から襲われたら!

だが、茶道なら

客が帰る後の見送り

にその心が生きている。もう少し言えば、茶道自体が禅宗と深く関わり、日本の武道は禅の教えなどとも深く関わっている。柳生新陰流の「不動智神妙録」はその一例である。

 このように考えると、軍事用語を一方的な排除する発想は、問題が多いと思う。

2022年9月24日 (土)

価格破壊と既得権

 昨日書いた、

海外生産などの低賃金労働力

の活用の副産物について、もう少し議論しておきたい。

 こうした「低賃金労働力」が一般化したとき

労働力一般の相場

が低下するのが

競争原理に従う資本主義経済

のまともな姿である。しかしながら、平成時代の日本では

労働者の既得権
特に企業内労働組合

である。つまり、それまでの給与から、大幅に下げることが出来ない「既得権益層」が存在した。この層は

自分達に関係ない人たちの人件費抑制は賛成

と言う立場を取り、その結果

新規採用者の抑制
非正規雇用者の増加

が発生した。

 更に、彼等が

自分達の給与正当化を
正社員の優位性

と言う形で示し、これが現在にも続く

正社員マウンティング

となっている。

2022年9月23日 (金)

円安はよいことではないか

 円安に対して、とうとう政府の介入が行われるようになった。

 しかしながら、円安は悪いことだろうか?確かに、海外から物を買うときに不利になる。特に、原油やガスのエネルギー源を輸入に頼る我が国は、円安が厳しく影響して物価高になっている。しかしながら、物作りなどの面から言うと

海外生産を見直すとき

と言うよい面がある。今まで

円高の力
その国の人件費相場

等で海外生産を行ったり、海外から「技能実習生」を受け入れ、低賃金で働かせて、利益を生み出してきた企業は、この機会に自分達のやってきたことを見直すべきである。

 前世紀末に「X二クロ」等が、中国で生産して、安価なモノを供給し、価格破壊を行った。この結果、私達の生活は楽になったが、給与も上がらなくなってしまう。つまり

労働者の給与を低く抑える

ことを利益創出手段とする経営が増えてきた。

 今回の円安で、そのような流れを断ち切り

本当に価値あるモノに適正な対価

と言う流れを作るべきだと思う。

2022年9月22日 (木)

対等な付き合いとは

 昨日の話で思い付いたが、利害関係や共同作業が絡む関係で

対等な付き合い

の難しさに向き合うべきだと思う。確かに、建前では

平等な関係

と言うが、どこかでマウンティングが生じている場合が多い。この理由は色々あるが、一つは

民主主義の非効率
納得させるまでの説得時間

と言う問題がある。そこで、階級制度のある社会では

上位者の意志決定に従う

と言うルールになっている。逆の、軍隊等の緊急に意志決定が必要な場合は

階級制度で
意志決定の秩序

を確定してる。

 さて、もう一つ大事な問題は

キリスト教文明

神の下での平等

の発想の有無である。キリスト教文明では

不完全な人間同士の平等

が前提になっている。

 しかしながら、日本人は仏教の影響で

完全な人間に従う

と言う発想がある。これが悪くなると

自分がよく知っている
という
マウンティング

につながっていく。この様な発想も、対等な付き合いの障害になっている。

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