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2006年5月13日 (土)

大学院について

お世話になっている流風師のところで、大学院の話があったので、思うところを書いてみる。まず、大学院の性格が2つある。
 ①研究者の大学院・・・博士課程前期・後期
 ②高度教育の大学院・修士課程例えばMBAなど

そもそも、修士はマイスターと同じ語源であり、独立して高度なことが出来るという意味で、博士課程前期と同じにするのは無理がある。

修士課程には、高度な教育が必然であり、教育の専門化が必要である。一方、博士課程前期なら、研究者としての育成だから、研究の大家が育てるのは当然である。

ただし、世界の第一線での研究で死闘を経験した学生は、それなりの力があり、前期課程から就職しても、企業で成果を出すことも多い。逆に、生ぬるい研究の経験しかない場合が一番困る。現在のボーダーレス社会で、世界のトップクラスと戦っている企業にとって、
  「自分たちだけで褒めあっているような研究会」
だけでしか評価されない研究を、偉大と言うよな発想は困る。このような発想では、
「自分を有能と言わないような課題の与え方が悪い。」
と言い出すことになる。しかし、現在の技術相場で評価されない技術は、世界標準に切り替え追従してもらう必要がある。このような切り替えが出来ることが、就職の成功条件である。

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コメント

正体不明さん、こんにちは。

正体不明さんは大学の先生なんですね。私のブログで、少し記し方が問題あったかもしれません。私が言っているのは、主として文系の話で、理工系の話ではありません。

修士課程と博士課程の目的の違いはよくわかりました。私の中で知識を整理しなおしします。有難うございました。


あっ、それから、流風は「師」でもなんでもないので、流風と呼んでください。先生に「師」と言われると皮肉られているようで(笑)。私の方が、「正体不明師」と呼ばないといけないのかも。

流風さん。お世話になります。
私は、本職は企業の人間ですが、学外講師で大学生との係わりがあります。
なお、師と言うのは、読ませていただいて、勉強になる場合は、当然のことながら”師”と言う、言い方が適当と思ったからです。
これからもよろしく。

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