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2008年11月30日 (日)

憲法第9条と生類憐みの令

 憲法第9条には色々な議論があるが、戦後の日本人の平和志向に役立ったことは間違いない。戦前の軍事力に支えられた海外発展から、完全に軍事無しでの進出に、みなの心を切り替えるには、これぐらいやる必要があるのかもしれない。

 この話しと同じ話しが、江戸時代にあった。「生類憐みの令」である。戦国時代の力での解決から、「生き物全てを殺すことはできない」と言う思想への大転換であった。ちなみに、日本だけの迷信である、「宗教は平和主義」と言う発想は、この時の仏教の影響によるものだと思う。戦国時代の仏教宗派は立派な戦闘集団であった。何度も書くが、比叡山の僧兵は京の町衆を、法華宗の信徒であるという理由で、皆殺しにしている。織田信長のことを、一方的な殺戮者と言うのは間違っている。

 しかし、このような極端から極端に走るのは、民衆が成長していないからではと思う。将来に起こることを予測し、適正な段階で補正していく。これが必要ではないかと思う。

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2008年11月29日 (土)

地頭の訓練法としての読書

 現在の就職戦線が厳しくなっているが、企業は有能な人材を求めているのは、間違いがない。そこでよく言われているのが地頭の良さである。

 さて地頭を良くすることは出来るであろうか?地頭と言う言葉から言えば、鍛えると言うことは難しいように思うかもしれないが、他人の目から見て、地頭がに関する評価を少しでも良くするのは可能だと思う。

 私の提案は、読書による訓練である。但し、単に読めというものではない。著者の時代背景まで想像して、なぜこのようなことを書いたか、そこまで踏み込んだ読み方を行ってみる。そして、論理的な構成を読み解きながら読む。特に時代背景を考えると、論理的に納得のいく部分が出てくる。このような読み方が重要である。

 例えば、ソフトウエアの分野で古典と言われている、カーニハン&リッチーの「プログラミング言語C」を読む場合には、その本が書かれた時代には、まだFORTRANが主体である。このように考えると、当時の人たちに理解してもらうための苦労が、見えてくる。

 このように、技術の世界でも思いやりや、想像が有効な時もある。

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2008年11月28日 (金)

文民統制は何処に行ったの

 自衛隊の田母神・前空幕長の退職金について、色々議論がされている。しかし、これで気になるのは、政府の意見として
  「自主的に返納して欲しい」
と言う言葉が聞こえる点である。これは、一番してはいけないことだと思う。文民統制の原則から、このことに対する指示は防衛大臣が行うべきである。支給する/しないの判断は、政府として行うべきである。どちらにしろ多少の世論批判はあるだろう。しかし、決断は大臣が行うべきだと思う。それが文民統制ではないか。

 自衛隊の武官は、上官の指示に絶対服従が原則である。そのためには、上位者が行うべき決断責任を、下に押しかぶせるのはおかしい。このようなことを行うから、部下の暴走を止められなくなる。

 石破茂元防衛大臣ならこのようなミスはしないと思うが、いかがであろうか?

 

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2008年11月27日 (木)

資本主義の成立について

 マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神:岩波文庫」を、今一度読み直している。今回は、解説から入ってみた。ヴェーバーがこの本を書いたのは、当時の意見を踏まえて、
  「プロテスタントの教義では営利の追求を否定している。しかし、
   プロテスタントの力が強い世界から近代資本主義が生まれた。」
さらに、
  「中国やユダヤ人など他の世界では、営利の追求は
   プロテスタントの世界より認められている。
   そこでも近代資本主義は生まれなかった。」
と言う、一見逆説に見える問題提起を行い、これに対して厳密な議論で答えを提示している。このような、本を書いた背景を理解していないと、納得がいかない部分がある。

 また、今回読んで気が付いたのは、『資本主義の成立期』には、現在私達が予想するより経営者と労働者の両方に厳しいものがあり、労使の区別なく最善の努力を最低限の報酬で行うことで、資本蓄積を行って、経営体力を作り上げる必要があったということである。

 個人的には、搾取に繋がる「最低報酬で、最大成果」と言う発想は、危険と思っていたが、創成期にはこれぐらいの努力が必要だった納得した。

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2008年11月26日 (水)

キリスト教だけ取り上げるのは

 先日、江戸時代のキリスト教殉教者が、ローマ教皇庁に認められたと言う、ニュースが流れていた。確かに、江戸時代には、キリスト教に対する弾圧があったことは確かである。しかし、これだけを教えている日本の歴史教育に、大きな疑問を感じる。なぜなら、同時代にあった、「日蓮宗不受布施派」に対する弾圧に関して、教えていないからである。しかも、日蓮宗不受布施派に対しては、豊臣秀吉もキリスト教と同じく、禁制をかけている。

 このように見ると、豊臣から徳川の時代には、「排他的な宗派は弾圧を受ける」と言う流れがでている。これは、それまでの宗教がもっていた、
 「他宗派の人間を、自宗派に引き入れるのは善である」
と言う、ある意味宗教として当然の行動を、抑えるということである。

 なぜなら、このように自宗派に引き入れるのが”善”なら、武力を用いても言うことを聞かせるまで進んでいく。宗教が、暴力を否定するなどと言うのは、幻想である。
  「魂を壊すような言葉を聞くぐらいなら、
   その発言者を殺すのは、宗教的には正しい。」
これを、宗教的テロと切り捨てることは、現在の欧米文明圏と日本ぐらいである。イスラム原理主義は、これを実践している。そして、日本でも戦国時代には、比叡山と法華宗の戦いなどはこれに当てはまるであろう。

 そのような宗教の暴力性を抑えて平和を生んだ、織田信長・豊臣秀吉~江戸幕府の発明を、世界に誇るべきではないか。更に言えば、仏教と神道の融合を実現した、聖徳太子から弘法大師へ道も、日本の誇るべき文化遺産ではないかと思う。

 このような力を、イスラム原理主義とキリスト教の対立への調停に仕えないであろうか。

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2008年11月25日 (火)

法律を作る人は?

 ある機会に、東京大学法学部出身者の話を聞いた。そこで、教えられたことは、日本の法律を調べるには、大宝律令、明治憲法に始まる明示の法制、戦後の憲法とその他の法規を勉強したらよい。なぜなら、全国民を相手にした法体系はそれしかないから。

 確かにこの話しには、説得力がある。例えば貞永式目、武家諸法度は武家だけを対象にしている。しかし、これで済ませて良いのだろうか。ここで山本七平氏の意見を参考にしてみよう。彼は、体系的な学問や厳密な議論と言う観点では、非難される点もあるが、直感的に本質を見抜く能力は素晴らしい。彼の著書である「日本的革命の哲学」では、貞永式目を制定した北条泰時が、後世に与えた影響は大きいことを示している。いわゆる、大岡裁きも実際は、北条泰時の業績が多い。また江戸時代には、寺子屋の手習いに、貞永式目を手本としたことからも、庶民にも影響を与えたことがうかがえる。

 また現在でも、日本では「お上の裁き」に対し、本質的に信頼感があるように思う。欧米では、権力の暴走を監視するため、裁判にも陪審員を入れる必要があった。日本では、裁判員制度にもまだ不要論が多いのは、それだけ裁判に対する信頼感があるからであろう。

 しかし、このような考えは、しっかりした学問基礎のある東大のような大学では、受け入れられないように思う。どちらかと言うときちんとした理論を重視する大学出身者が、日本の法律作りを担っている。この功罪について、今一度考える時がきているのではないか。

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2008年11月24日 (月)

スポンサー依存

 ある財界団体の大物が、放送内容が気に食わないテレビ局のスポンサーから降りる、と言う旨の発言をしたと言うことで、一部のマスコミが噛み付いている。

 しかし、営利企業として、スポンサーとなる相手を選ぶのは、当然の行動である。特に、日本のマスコミの高コスト体質のため、スポンサーを求める必要が生じている。

 A新聞では、記者たちが高級ハイヤーを乗り回しているし、報道番組と称していながら、年収XX億円と言うタレント(?)を使っている。もっとも、テレビ局では、下請け先をいじめて、経費節減と言う行動は、しっかり行っているらしいが・・・

 スポンサーの行動を責める前に、自分たちの無駄遣いを反省するのも必要ではないか?

 安いコストで番組を作り、好きなことを言っている例もあるのだから。

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マルクス主義教育の成果

 団塊の世代の受けた教育は、マルクス主義歴史観に支配されしかも大学では、全共闘的価値観で、
  「資本家は悪人・保守政治家は腐敗・自衛隊は旧軍の影響下で暴走する」
と推し付けられていた。そのような教育を受けた優等生が、田中角栄首相の教育優遇政策で、教師になった。

 このような教育の結果、悪人視された人達が、素直に仕事ができるとは思わない。信用されていない人間が、節度のある仕事をするとは思えない。

 まず労働は尊いことである。国のため、公共の福祉のために、働く人への尊敬が基本として、国民の合意が得られないといけないのではないか。

 平安時代から、令外官として貴族からさげすまれてきた、武士の革命が鎌倉幕府である。今の自衛隊は、令外官でしかない。しかも、軍人としての命令服従と言うことを理解できていない将官がいるような組織である。

 これも、戦後の平和野党などが、色々押し込めてきてツケが出ているように思う。

 仕事は、義務を果たすことで、皆から尊敬を受ける。その結果、良い仕事が広がっていく。どちらが欠けても、上手く廻らない。

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2008年11月23日 (日)

地頭が良いとは

 就職時に企業から評価される側面で、『地頭の良い人』と言う側面がある。しかし、この地頭と言うのは何であろうか?

 あまりハッキリしないが、私の感触では、
 ・抽象的に思考して、しかも現実の問題解決に適用できる
 ・目的(本質)を見定めて、しかも総合的に検討する
 というような要素がある。

 しかし実際には、これを相手に伝える、コミュニケーション力が必要である。

 そしてこれを実現するには、抽象的な理念で、自己動機付けが出来、しかも進歩を評価できないといけない。

 その外、論理的な能力を鍛える、相手の立場に立つ想像力を鍛えるのも有効と思う。

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ピーターの法則

 組織一般に通用する"ピーターの法則"というものがある。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87

 つまり、年功序列的な世界や、成果主義の世界では、どんどん出世していく。そして、その人が「その地位では無能」と判定された時点で、出世は止まる。つまりその位置で留まる。従って、
  「組織を長い間運営していると、無能な上部層で全て占有されてしまう。」
と言う話しである。

 しかしこの話しには、2つの無視している条件がある。その1は、個人の成長である。人は、地位に応じて成長する。企業としても、育成のための研修施策を実施する。これと機会を与えることで、人も企業も成長している。

 もう1つは、人事制度の柔軟性である。具体的には、降格人事や、特定専門分野での活用と処遇である。

 このような施策がしっかりしているので、皆さんは頑張って機会を掴んで欲しい。特に、日本的なシステムとして、社員の積極的なローテーションがある。このような機会を与えることで、成長と潜在能力への気付きを引き出している。このような制度は、MBA教材でも何処まで教えているか、一寸不安である。

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2008年11月22日 (土)

自分で評価することの重要性

 自分で評価することの重要性の記述が、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』にあった。以下のページは岩波文庫白209-3からの引用である。

p213

「厳格な」ピュウリタン信徒がたえず恩恵の地位にあるか否かみずからを審査した~

p213~p214

改革派のキリスト者たちはそれを用いて、自分で「自分の脈搏をみた」のだった。

P214

後期のピュウリタンたちは自分の行動ばかりでなく、神の行動さえも審査して、生涯のあらゆる出来事のうちに神の指をみた。彼らは、カルヴァンの真正の教説とは異なって神がなぜにこの、あるいはあのように導き給うたかを知ることができたのだった。こうして生活の聖化は、ほとんど事業経営という性格をさえもつものとなりえた。

このように、自分で評価することが、資本主義世界で成功する条件である。 

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試験結果の予想

 学生の皆さんは、試験と言うと、
  「自分が受けさせられるもの」
と言う観点で、どうしても受身で考えるであろう。しかし、ものづくりの立場では、試験も自分で行うものである。自分で作ることはできなくても、試験は自分で行う。更に、試験項目は自分で考える。そして、人が行った試験結果を評価する。この時は、まずどのような試験項目を選んだか評価する。そしてその結果を読み取る。このような力があれば、外部に発注した場合にも、きちんと管理できる。

 そのため、学校で試験を受ける場合にも、受身で受けるのはもったいない。まずどのような出題があるか、予測してみる。そして、自分が受けた試験では、どのようなことを先生が評価したいかを考えてみる。

 最後に、私が試験をする時には、誰がどの程度の点をとるか予想する。これは、プロジェクト管理に於ける人材管理の基本である。自分のプロジェク要員がどの程度の実力か、見抜けないようでは、管理者失格である。

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2008年11月21日 (金)

系統的・効率的な勉強は可能か?

 近頃は、古典的教科書が文庫本になったりして、勉強しやすい環境になっている。しかし、この教科書でも、頭から順番に理解できると言うものばかりではない。何度も読み直し、後ろの方に書いていること、別の本の知識で補ったりして、ようやく理解できることが多い。

 学校の、教科書はできるだけ系統的に情報を配置し、前から順に読んでいけば理解できるように、工夫している。

 しかし実際の勉強は、このような系統的に整理されている情報でなく、混雑した中に自分で秩序を立て、更に必要なら、一旦判断を保留して、後に学んだ知識とあわせて理解するような努力も必要である。

 このような混乱に対応する力が必要であり、系統的な勉強だけしかできないのでは、実践では役に立たない。

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2008年11月20日 (木)

就活をしている大学3年生に

 大学3年生の方々は、現状の景気不透明の中での就活で、心配している人も多いと思う。さてここで、一言注意しておこう。それは、ハードルが高そうと言うことで、  
  「安易に総合職正社員での就職を諦めてはいけない。」
と言うことである。

 確かに、正社員の道は厳しく、総合職の道はもっと厳しいかもしれない。しかし、求めない人間は、成果を得ることが絶対無い。何事もチャレンジすることが重要である。

 但し、それには自分を磨くことも大切である。特に、何が求めれているか、採用側はどのような面を見て評価するか。そのような観点で、自分を客観的に評価し、できるだけ能力を磨くことが重要である。

 とりあえず、筆記試験対策として、毎日手書きで日記を書くことで、文章記述力を磨く、脳トレを使って、知能試験対策を行う。このようなことが積み重なって、差をつけることになる。

 つまらないと思っても、実行して欲しい。

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2008年11月19日 (水)

教育投資をサブプライムローンからマイクロクレジットへ

 現在の日本では、親が子どもに対して行う教育投資は、膨大なものがある。しかしながら、この投資が報われるかと言うと、現状では難しいものがある。この理由を考えると、
  「子どもが本当に必要な教育を行っているか」
と言う論点がある。つまり、本当に家が欲しい人間でなく、何となくと言う人間に金を貸して、回収に失敗した、サブプライムローンのようなものである。

 一方、サブプライムローンと対称的に、回収に成功したのが、バングラデシュのマイクロ・クレジットである。これと同じようなことが、昔あった苦学生への奨学金である。両者の共通点は、借りる人間が本当に必要な”お金”を貸したので、借りた人の感謝の念も大きかったと思う。

 さて、ここで学業投資をマイクロクレジットに変える方法は、あるのだろうか?

 完全に答えになるとは思わないが、少なくとも就職後は役に立つ知識、正社員の総合職での就職の役に立つ教育と言うのは、一つの目的になると思う。現在の知識を生かして、総合職になる。このような方法論を示せれば、一つの答えになるのではと思う。

 このブログでも色々とヒントを示してきたが、もう少し書き加えていきたい。

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2008年11月18日 (火)

雇用確保の責任は?

 近頃の不景気で、派遣社員の派遣打ち切りの話しが報じられている。確かに、派遣先から断られた方々は、生活上でも苦労されていると思う。

 しかし、このことで、派遣を受け入れてきた企業を責める論調は、如何なものかと思う。企業としては、自らの存続が最大の課題であり、そのためには人件費の変動費化は、現状のように国際競争の厳しい状況では、仕方ないと思う。

 失業者の対策は、行政を中心として社会で取り組むべきことであり、個別の企業に押し付ける問題ではないと思う。

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想像力について

 今まで就職活動について色々と書いたが、まとめると、
   基本的な能力として、「論理的な思考力」と、
   他人の多様な立場を思いやる「想像力」
が重要である。

 ここで想像力というと、画像的なイメージを連想する人が多いかもしれない。そう考えると、想像するのは難しいことになる。しかし、実際に必要な想像力は、相手の立場に立って考えることができればよい。これは、言葉で想像できれば良い。

 例えば、現在多く使われているプログラミング言語cのバイブルと言われている、カーニハンとリッチーの本も、これを単純に読むのではなく、その当時のことも思いやって読めば理解が深くなる。つまり、IBM計算機とFORTRANの世界を思いやれば、著者がその時代に対して革命的な思想を、いかに伝えようとしているかの苦労を思いやることができる。このような訓練が重要と思う。

プログラミング言語C ANSI規格準拠 プログラミング言語C ANSI規格準拠

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2008年11月17日 (月)

0と1の思考方法

 近頃、0と1に完全に割り切った思考法を使う人が多いように思う。特に、経営者や管理者にこのような思考法があるのが、恐いように感じる。

 しかしこのように、良いと悪いを簡単に割り切るのは、将来の大化けと言う可能性を捨てているように思う。昔は、10に1つも成功するかもと言う、何か遊びがあったように思う。

 これも行き過ぎた成果主義というべきだろうか。

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2008年11月16日 (日)

兵庫県知事の資質

 兵庫県知事が、
  「関西経済にとって『関東大震災が起きればチャンスだ』」
と述べたと言うことで、色々パッシングを受けている。そのパッシングは、
  人の不幸を望むのは~~
と言う発想が多い。しかし、リスクに関して冷静にシミュレーションしておくのは、首長としての資質の一つである。

 但し、私は別の意味で、知事としての資質を問いたい。それは、県の経済活性化の施策として考え付くことが、この程度の貧弱な発想しかないと言うことである。経済活性化に、災害頼みでしかなく、もっとまともな発想がないという点は、知事としての資質の低さだと思う。

 災害と言うことで、もう一つ思い出したことがある。前の知事が、阪神大震災の時に、自衛隊に対する災害出動の要請が遅れたために、被害が拡大した。それを理由に、自衛隊の一部に、
   「独断専行を認めろ」
と言う発言が出ている。

 このような知事が2代続くのは、兵庫県民の選挙意識の低さが、影響しているらしい。

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就活で成功するためには

 就活で、内定を得られない人の条件を考えてみた。まず、自分のことを客観的に見られない人、特に対人能力が弱い人が一番に思いつく。特に、採用する側の立場を考えない人間は嫌がられる。

 そして、能力が低いのに、それでいいと居直る、それどころか、
  「自分の価値を見出さない、社会や会社が悪い」
と言う人間が、もっとも嫌われる。一般に対人能力が低い人間は、トラブルを良く起こす。

 これを逆に考えると、まず人の言うことを聞く。この訓練からはじめる。そして自分の能力を、世間一般の絶対評価で、客観的に記述する。その時低すぎるのもいけない。

 但し、学校での評価にこだわるのは一番いけない。会社に適合できないと思われる。

 このような点を考えるのも、一つのヒントだと思う。

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就職活動について思うこと

 今朝の朝日新聞の一面トップは、
  「新卒採用一転抑制へ」
と言う見出しであった。2面には内定取り消しの、現状なども報じていた。そこでは、バブル時代の再来のように、
  「立派なビルで、内定者のパーティーを開いた会社」
が、取り消したと言う話しが出ていた。そこまでして採用及び内定者の確保をしている会社は、どこか無理がある。見てくれだけの建物は、見てくれだけの人材に繋がり、経営の危うさを感じさせる。これが見抜けないで、就職活動をするのは、結局身を誤ることになるであろう。

 私が、今年就職した人たちに聞いた話しで、印象に残っている言葉の一つとして、
  「就活は、学生から大人になるプロセスです。色々な人と出会い、
   教わるものもありました。そして自分の目も鍛えられ、
   生涯設計を考えました。」
がある。特に女性の場合には、自分の体にある、子宮の存在を再認識し、いつ子どもを生むのか、生まれて初めて真剣に考えたと言う話しも聞いた。

 就活している人たちには、厳しい言葉に聞こえるかもしれないが、就活中に成長していく人でないと、内定を得るのは難しいと思う。そして見せかけにだまされない、力をつけていない人は最後まで、置いていかれるのでないか。

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2008年11月15日 (土)

近頃の社内研修について

 近頃の社員向けの研修を見ていると、結構盛んに行われているように思う。これには、
   「人材育成の重要性が、企業の経営陣に認識されてきた」
と言う一面もあるだろう。確かに、現在のものづくりは、セル生産が示すように、個人の能力に依存する面が多くなっている。従って、個人の能力を引き出すための、研修に力を入れるのは、当然のことである。

 しかし、もう一つ『教える側』の力の向上についても、考える必要がある。例えば、プレゼンテーション機器やソフトウエアを使うことで、伝える情報量は格段に増えている。物理学などでも、色々な測定結果を見せることができる。

 さらに、必要スキルなども明確になってきた。特に対人スキルの訓練も、できるようになっている。このような、効果が出ているように思う。

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就職試験の準備に

 就職試験の準備として、SPIなどの対策の一つを思いついた。

 それは、脳トレである。高齢者向けと言うが、若い人がやっても効果があると思う。

 一つ試して欲しい。

 

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自衛隊が軍隊でない弊害

 自衛隊の元空将の暴言が、色々と報道されている。この根源は、彼が
   「命令に従う義務」
と言う根本的なことを、理解できていないことによる。

 ところで、軍隊ならば命令不服従は、軍法会議で裁くべきものである。重大な不服従は、銃殺刑となるであろう。

 これが、自衛隊なのでそのような制度がないので、彼の命も永らえているらしい。

 しかし、このような見識の人間を、将官とした組織の責任はどうなるのであろうか。このレベルが将官なら海外からバカにされるのは必然である。それこそ、関係者は市中引き回しの上、獄門である。

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2008年11月14日 (金)

物理学を総合的に見る

 本屋で、ランダウ・リフシッツの『力学・場の理論』を見つけた。学生時代に、私を力学を嫌いにしたのは、「一般力学」の教授の力であるが、彼が時々「ランダウ・リフシッツの本」と言ったのが、脳裏にあった。そこで、もう一度再挑戦のつもりで購入してみた。そして、カルチャーショックと言うべき感動を覚えた。

 この本は、大雑把に言うと、力学~相対性理論~電磁気学と、一気に教えてくれる。しかも、大学で一般教養的に、上っ面をなぜるのではなく、力学(とエネルーギーの最適化)の発想を基本にして、見事に電磁気学まで繋いでいる。特に電磁気学への導入を、電子の運動と言う、力学的側面から行うのは、見事しか言いようがない。前に、電磁気学への入門法として、静電界の実例から入るイギリス式と、マックスウエルの方程式からトップダウン的に理解するドイツ式があると述べたが、電子の運動と相対論から入る、ランダウ式があると訂正しないといけない。(国名ならソ連式又はロシア式だがどちらとも言いがたいので、個人名とした)

 しかし、この本は一度でも躓くと、後ろで回復するのは難しい。しかも数式の意味がきちんと理解できないと、お手上げである。個人の能力を極限まで活用するのは、確かに当時のソ連の文化と適合しているかもしれない。また理論だけで攻めている感じが強く、現実より上の世界と言う感じも強い。これも何となく共産主義というものとの親和性を感じてしまった。

 この本の発想は面白いが、ファインマン物理学で勉強した方が、やっぱり良かったように思う。

力学・場の理論―ランダウ=リフシッツ物理学小教程 (ちくま学芸文庫 ラ 5-1) 力学・場の理論―ランダウ=リフシッツ物理学小教程 (ちくま学芸文庫 ラ 5-1)

著者:L.D.ランダウ,E.M.リフシッツ
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2008年11月13日 (木)

東京裁判とその後のアメリカの失敗

 アメリカのイラク政策の失敗は、東京裁判の成功体験が、文明の押し付けが何処にでも成立すると誤解したためだと思う。このテーマで前に書いたときには、明治維新の文明受け入れが、一つの成功要因と言う仮説を述べた。

 しかしもう一つの仮説を思いついた。それは、戦い方の変化である。

 第二次大戦までの戦い方は、お互いに顔が見える状況であった。しかし、イラクの戦いでは、アメリカはハイテク兵器で相手が見えないところから、一方的に攻撃している。

 自分も血を流さない状況で、一歩的な攻撃を行った人間を、本質的に尊敬できるのであろうか。そう考えると、武士道は相互に刀での戦いが、原則であった。鉄砲以降は、相手の見えないところからの攻撃が可能である。ここから、武士道と言えるようなものとは、遠くなったと思う。

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2008年11月12日 (水)

電子回路と人材活用のアナロジー

 大企業でのものづくりと、中小企業のものづくりの違いを、電子回路との類推で考えてみた。

 大企業のものづくりは、大量のトランジスタを使用したLSIによる演算増幅器による、増幅回路に例えられる。演算増幅器の場合、負帰還を十分かけて安定した動作を使うのが、実用的である。

 一方、小企業では、昔の真空管式の増幅器に似ている。真空管は、大きくて貴重品であった。従って、真空管の能力を最大限に引き出す回路を使用した。そこで使ったのが、正帰還で最大限の増幅能力を引き出す、再生検波回路や超再生検波回路である。

 負帰還を上手に使えば、安定した動作が期待できるが、個別の回路の能力は抑えて使うことになる。一方、正帰還だと動作は不安定になり、時々発振することもある。つまり失敗する可能性があっても、一人一人の能力を引き出す、小企業のものづくりを感じる。

 安定と機会、どちらを選ぶか?

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2008年11月11日 (火)

管理職になりたがらない人たちに

 「責任ばかり重い管理職などなりたくない」

 これは、近頃よく聞く話しである。しかし、実は1970年代前半の、オイルショック直後にも、同じような発言があった。つまり、経済成長の流れなら、管理職になりたがる人間は多い。しかし、景気が厳しくなると、管理職になりたがる人間が少なくなる。

 しかし、不景気で苦しい時期こそ、その問題点を克服することは、管理職の一つの自己実現になるだろう。自分の理想を実現するためには、やはりある程度の権限が必要である。

 自分の考えを実現する、そしてそれで多くの人に幸せをもたらす、これは管理職として大きな喜びであろう。

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2008年11月10日 (月)

総合職になる能力は

 現在景気があまり良くないので、来年の就職戦線が厳しくなりそうである。しかし、本当に有能な人材は、必要としている企業は少なくない。もっとはっきり言えば、大卒の場合は
  「総合職として、勤務できる能力を示す」
ことであり、高卒又は短大卒の場合には、
  「一般職として必要なスキルを速やかに身につける」
ことを示すことである。さてここでは、総合職の条件を考えてみよう。

 まず、総合職は、自分の知識を総動員して、現実の問題を解くことを要求されている。さてこのために必要な能力は、何であろうか?私の独断では、論理的な思考力と、多様な観点を思いやる想像力が必要と考える。

 論理性に関しては、きちんとした三段論法を使いこなせばよい。特に前提を明確にして考えることが、大切である。想像力に関しては、相手の立場に立って考える、自分の立場以外の観点で考えることが重要である。

 このような能力は、読書によっても鍛えることができる。特に著者の状況を想像することも大切である。また前提を明確にして、その中でどのような三段論法か考えることで、訓練できる。

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2008年11月 9日 (日)

実行することができるか

 今朝のテレビで、靴下工場と下着工場の様子を見た。両方とも、製品が自動的に流れていた。これは、トヨタ方式ではよく言われている、物流を最低の時間でと言う話しに通じる。

 しかしこれは、昔からあった、VE(Value Enginieering)の発想では、当然でるものである。

 これがなぜ今まで実行できないのか?

 これは、VEは知識でしかないが、トヨタ方式は行動である。やはり知識は行動に、負けるのではないか?

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自動車産業に関する予言

 トヨタを始め自動車会社が皆、大幅な経営状況悪化を報じている。これは、アメリカ発の不況が原因である。しかしこの経営状況悪化を、戦略的に活用する力が、日本の自動車産業にはあると思う。もう少し突っ込んだ言い方をすれば、今の自動車業界は、従来のガソリンエンジン主体の車から、電気モーターを使う自動車に切り替わるタイミングである。

 しかしながら、従来機種が売れている場合には、新規機種の投入が後れるのは世の常である。従来の成功機種を切り捨てるのは、非常に抵抗が大きい。このような時、業績悪化と言うのは、ある意味新機種投入の追い風になる。

 ただし、ここで従来機種に適合していた、専門企業や職人達には、リストラの風が正面から当たってくる。大切なことは、このような負担を、自動車業界だけに押し付けるのは、間違っていると思う。従来の企業競争は、国内でのシェアの奪い合いであった。しかし現在は、国際化しているので、海外に企業に市場全部を奪われ、結果として国内の雇用が全てなくなってしまう。

 そもそも、失業者の救済は、社会全体であり、国として考えるべき問題と思う。何でもかんでも、企業の経営者に押し付けるのは、おかしいと思う。

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証券化について

 先ほどの記事に補足するが、アメリカの今回の金融危機に関しても、
   努力しないで得る金
が悪さをしているように思う。特に証券化と言うことで、他人の金を吸い上げる仕組みは、自分に帰る危険が薄いだけ、無責任な投資になっているように思う。

 アメリカは、自己責任の国として全て動いているはずだが、自分のリスクがなくなると、暴走するのではないか。

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人間を堕落させるのは

 Kプロデューサーが詐欺事件で逮捕されたと言う話しを、ここ2~3日テレビなどで聞く。このような話しの時、いつも思うのは、
  人間は、自分の努力に相当しない報酬を得ると、堕落する。
と言うことである。特に、若い時からちやほやされて、頭を下げる経験がないと、おかしくなるようである。但し、頭を、上げる経験も必要である。現在は、一寸上から押さえすぎで、元気のない若者も多いような気がする。これも困ったものである。

 しかし、持ちつけない金で堕落するのは、日本の、マスコミを含めた、教育環境にも問題がある。どうも、マルクス主義の影響がまだ残っているようで、
   「金持ちは勝手なことをする」
という思想を子供のころから、学校で押し付けられているように思う。そして、マスコミも資本家や経営者の悪い所ばかり穿り出して、子どもに見せている。

 だから、
   「金持ちになって好きな事をする。」
   「国会議員になったら料亭にいく。」
などと言う人種が増えているように思う。

 もう少し、経営者の責任の重みと功績を、皆に示しても良いと思う。

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2008年11月 8日 (土)

マスコミの自覚は?

 岡山県の教育委員会が、新聞記者の取材に関して、見解議員に事前にFaxなどで連絡したと言うことを、議会で追及されているらしい。しかも一部マスコミは、取材の自由を侵す可能性があると追求しているらしい。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081107-00000037-mai-soci

 しかしこれは何かおかしい気がする。
   「記者の名前を報告したことがいけない。報道の自由を損なう。」
と言う議会での質問は違和感を覚える。某県知事のブログではないが、新聞記者の個人の取材姿勢には色々あり、取材者の名前と取材内容は両方とも貴重な情報と思う。

 大体取材に関する秘匿は、マスコミの責任であり、取材を受けた方を追及する姿勢は、おかしいともう。なお、マスコミとの付き合いの教訓として、以下の名言を挙げておこう。

 「あの情報をマスコミで公開しようとしたことに迷いはない。
  しかし、渡す相手を間違えたことは、後悔している。」

 

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2008年11月 7日 (金)

欲は悪いものか?

 ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読むと、禁欲精神が資本主義を生み出したと言うことになる。確かに、禁欲・勤勉と言うつながりは、何となく解かる。

 しかし、欲というものは本当に悪いものであろうか。仏教では、理趣経に
  「欲が世間をととのえて~~」
とある。ただし、自分のことだけでなく、世界を良くすると言う、”大きな欲”が大切である。

 このように、”金を儲ける”と言う行為を、
  『世間を良くする大きな欲の行為』
と評価する方が、資本家の悪人呼ばわりよりは、よっぽど良いと思う。

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2008年11月 6日 (木)

企業ばかりを責めるのは?

 非正規雇用者が増えると言うことが、社会問題になっている。しかしこの議論について、何かポイントがずれているような気がする。私の見るところでは、いわゆる世論は、
   「正規雇用をしない企業が悪い」
と言っているように思う。

 しかしこれは一面的な見方である。まず消費者は、企業の供給するものは
    「安価で良いもの」
を要求する。例えば、一昔前のユニクロモデルの価格破壊である。そこで実際に行われたことは、海外の安価な労働力での生産である。その裏では、日本国内の衣料メーカの売り上げ低下を生じ、国内での雇用が狭まったり、会社が倒産したりしたかもしれない。

 このように需要が細くなった時、企業として社員を多く抱えれば、人件費で損益分岐点が高くなり、ますます売れなくなっていく。そこでもし、需要が少ない時、人件費を減らせるならばと、企業が考えるのは仕方ないことだと思う。

 もう一つ、企業の立場を弁護すれば、非正規雇用の問題は、技術や技能の蓄積ができないという論点がある。しかし、これも変な話である。個人の能力を向上させる仕組みは、学校制度などの公的機関で行うべきではないか。現在の社会では、企業内教育に依存しすぎているように思う。

 特に、学校では知識を教えても、対人スキルなどの訓練が弱いように思う。知識だけで仕事ができるわけではない。そのような訓練は、社会生活で身につけるものであろうか?

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2008年11月 5日 (水)

失敗を制御する

 管理職の仕事として、部下の失敗を上手に制御する必要があると思う。なぜなら、部下能能力を引き出すためには、チャレンジさせないといけない。チャレンジする課題が難しいほど、失敗する可能性は大きくなる。逆に、無難な仕事ばかりしていれば、失敗することはないだろうが、成長する機会もなくなる。

 管理職として、成果を出すためには、致命的な失敗は許されない。管理職の能力として、失敗のレベルを見定めて、上手にコントロールすることが必要である。

 しかし、自分の失敗経験がない管理職には、部下の失敗を制御するのは難しい。そのため、部下の仕事を良く見ていくことで経験を積むのがよいであろう。

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2008年11月 4日 (火)

総合職になるための就活

 今まで書いたが、総合職といわれるようになるためには、知識ベースの活動が必要である。言い換えると、知的に判断することが必要である。これを踏まえて、就職活動を考えてみた。

 つまり知的活動を行えるだけの能力をPRすることが有効ではないか?

 このために、自分の能力を示す、成果物を作ってみたらどうか?

 但し、学校の研究では企業の役に立つとはいえない。企業が求めていることに対し、自分の知識を生かせる。自分は柔軟な発想と、知識を総合して結果を出せる。このようなPRをしたら如何だろうか。

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2008年11月 3日 (月)

信用しない人間には信頼されない

 前述したマニュアル人間の非正規雇用化の話しには、経営者が一人一人の作業者の能力蓄積を、評価していない理由がある。これは、経営者が現場を知らないと言うことが、原因の一つである。さて、このような経営者が出現する理由を考えてみよう。まず一つには、この経営者達の受けていた教育である。50歳以上の世代の多くの人たちは、マルクス主義の経済学だけでなく、歴史学などの教育を受けている。この教育では、
  「経営者は威張り、労働者を搾取する。」
と言うイメージを植えつけている。この悪影響は大きい。つまり、経営者としての道徳が生まれないような教育を、子供のころからじっくりしておいた付けが廻っているように思う。たしかに企業内教育がしっかりしている場合は、入社後の数十年で変る可能性もある。

 特に注意したいのは、
   「信頼されていない人間は、それに応えて、
    誠実に対応する気も起こらない」
と言うことである。これは、国内の経営だけでなく、中国への発注でも起こっている。単に安く作れと言うだけで、相手の労働に対して敬意を示さない発注では、相手に裏切られても仕方ない面があるように思う。

 なおこれは、中国の国内の経営者と労働者でも、同じ問題がある様に思う。

 本当は性善説の信頼関係が必要だと思う。

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総合職になるには

 昨日、マニュアルどおりしか動けない人間は、正規雇用でしっかり鍛える必然性がないという話しを書いた。そこで、正規雇用になるには、総合職に値する能力を示すのが、一つの手段である。しかし、大学を卒業したからと言って、総合職になれるわけではない。これが一つの誤解である。このような誤解が何処から生じたのであろうか?

 一つの可能性は、戦前の日本軍の見習い士官制度だと思う。この制度は、大学卒業生を、いきなり士官(=小隊長)にして、真っ先に立って突撃させる制度である。つまり、
  「大学へいくということは、国家が色々と補助している。
   その恩恵に浴した人間は、それだけ責任感もあり、
   危険を冒すべきである。逆に、それだけの危険を冒すということで、
   優遇されても部下は納得した。」
と言う発想である。

 この考えが、戦後のしばらくは活きていたようである。また企業も右肩上がり成長の時代では、同じ路線の成長が期待できるので、継続雇用で経験を積むことが、企業と社員の両方で利益があった。これが、崩れたのは、バブル時期に大量採用し、しかも経営方針が安定成長に舵を切ったからである。

 この時の発想は、採用を選別し、本当に蓄積効果がある分野は正社員で雇用し、マニュアルどおりで動く人間は、非正規雇用にして負荷変動に対応するようにする。昨日のモデルで言うと、ルールベースの行動しかできない人間がこれに当たる。

 さてここで、総合職に値する知識ベースの行動は、どうしたらできるようになるのだろうか。私は、以下の2つの力が重要だと思う。
  1.自分の考えを、事実と意見をきちんと分離して述べる、論理性
  2.今まで経験のない状況でも相手の立場を思いやる想像力
特に、論理は三段論法をきちんと使いこなすことである。まず一般原則、そして自分の見た現実、この当てはめをしっかりしていく。また、言葉の定義に敏感になって、他人の定義と自分の定義の違いの可能性を知って対応する。その一方で、相手の立場を想像し、できるだけ思いやりを見せる。特に学校の研究と、企業のものづくりは大きく違うと言うことを、知っておくべきである。

 これらの後に、自由な発想の創造性を、羽ばたかせればもっと良い。

 なおその前の必要条件として、人の話をきちんと聞き、それに応える、対人スキルや、文章を正確に読み取る、文章スキルが重要である。

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2008年11月 2日 (日)

なぜ非正規雇用が増えたか

 今の世の中、派遣社員の処遇問題等が、色々議論されている。そこで、今一歩突っ込んだ議論をしてみたい。それは、
  「企業がなぜ非正規雇用者を使うようになったか?」
と言う議論である。これに対して、コストカットや負荷変動対策と言うのは、一面的な見方である。ここで議論したいのは、
  「正規雇用のメリットがなぜ見出せなくなったか?」
と言う議論である。つまり、1980年代にアメリカが
  「日本に学べ」
と言っていた時代には、
  「日本の経営は終身雇用による社員の継続教育とKnow How蓄積による」
と言う議論が盛んに行われていた。この議論がどういう形で覆されたのであろうか?

私の仮説は、マニュアル化の推進の結果である。ここで、マニュアルの効果を考えてみる。まず、ラスムッセンの人間行動の3分類を仕事に当てはめてみよう。
1.スキルベースの行動:メーターの表示値を目的に合わせるため、
                操作器を調整する。
2.ルールベースの行動:ルールによる行動、マニュアルに従う行動。
3.知識ベースの行動:動作原理まで遡って検討し、判断して行動する。

 ここで、1.のスキルベースの行動の例は、現場の職人技や、高度の接客作業である。このような技は、長年の訓練で身につくものである。これは、一般職といわれる分野である。また、3.の知識ベースの行動の例は、開発設計技術者や、マーケティング戦略の検討などである。これも、長年の蓄積で身につくものが大きい。これは、総合職である。

 さて、ここで問題になるのは、ルールベースの行動である。これはマニュアルどおりの行動と言うことで、ある程度の訓練が終われば、それ以上の能力向上はあまり期待できない。従って、正規社員の継続雇用のメリットがなく、派遣社員やパートタイマーなどの非正規雇用に、依存することが多くなる。

 もう一度、小売店を例にして考えてみよう。まず、出店戦略や、市場動向を見ての品揃えなどを決めるのは、知識ベースの行動と言える。そして、接客している場合に、お客様の表情を読み、適切な品を薦めるのは、スキルベースの行動である。この二つは、長年の蓄積が重要である。しかしマニュアルどおりの仕入れ、接客なら、できるだけ低い賃金で働く労働者の投入と言う発想になる。

 そこで、今就職活動を考えている、大学3年や修士課程1年の皆さんに、もう一度考えた欲しい。自分は、本当の総合職に値する知的生産活動ができるであろうか。現状は、初歩的でも、継続し成長することを、採用側に感じさせることができるだろうか?

 なお、マニュアル化に関して、一言加えると、教科書メーカーが作ってくれた、指導要領書がないと、授業できない教師は、ルールベースの行動ではないかな?そうすると、経験での積み重ね効果がなく、積継続雇用の値打ちがなくなってくるのではないかと思う。

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大学と企業の違い

 一寸プログラミング言語について、考えを整理する必要があり、昔買った本を引っ張り出してみた。今考えているのは、c言語に関する話であるが、その前にUNIXの思想を検討してみた。UNIXは研究所の世界で生まれ、それなりに成果があったと思うが、製品としてのものづくりには、色々考えるべきことがある。特に大学生(院生)で、今後企業に就職する人には、一度考えて欲しい問題である。

 それでは、UNIXの設計思想を明らかにしておこう。ただし、これがUNIXの設計思想と明文化したものがあるわけではない。野中郁次郎氏に言わせれば、暗黙知というような、UNIXを作り上げるに貢献した皆さんの了解事項である。

 まず大前提は、
  『それなりの能力のある利用者だけを相手にする』
である。これは、PL法ではないが、間違った使い方をして、説明書に書いていないと、裁判を起こす人種だけでなく、コンピュータの入門者で、一々使い方を教えて欲しいと言うレベルの人間も排除している。そして、
  『自分たちの道具として作る。』
と言う発想もある。つまり研究室内の、それなりに有能な人間が、自分のためにソフトウエアを作って、成果を出すと言う世界である。

 さてこれが、企業でものを作っている立場では、どうなるであろうか。
  『利用者は何をするかわからない。しかしその時にも、
   許されない状態には陥ってはならない』
これが基本である。しかも、
  『お客様に使っていただくものを作る。従って保守責任もある。』
と言う点が異なっている。つまり、100%の答えで、しかも保守がきちんとできるように、ドキュメントもしっかりしている必要がある。

 さらに、作業者に関しても、特別有能な人材がそろっていると言うわけではない。従って、平均的な能力の人間なら、誰でもできるような仕組みづくりも重要である。このような考え方が、会社のものづくりである。一度考えて欲しい。

 なお、このようなものづくりに現場については、日経BP社の『日経ものづくり』http://ec.nikkeibp.co.jp/item/magazine/NMC.htmlを1年も読めば、何となく雰囲気がわかってくると思う。しかしこの本、本屋では手に入らない。これも困ったものである。

UNIXという考え方―その設計思想と哲学 UNIXという考え方―その設計思想と哲学

著者:Mike Gancarz
販売元:オーム社
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政治はマルチ商法じゃない

 アメリカのサブプライムローンを見ていると、日本のバブル時期に一部であった、不動産投機が多く行われた形跡がある。結局、家の価格がどんどん上る、そのような前提で
  「借金して家を建てて売る。」
と言う発想で動いた人が、破綻している。

 このように、経済成長による資産価値向上などの幻想で、国家を運営しているといつかは破綻する。これは、ある種のマルチ商法に、引っ掛かったようなものである。

 そのようにならずに、現実的に判断し、舵を取るのが政治だと思う。日本では、マルチ商法を擁護する国会議員もいるのだから、困った話である。

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2008年11月 1日 (土)

武道について

 前にも書いたが、武道と言うのは、命のやり取りである。その典型が残心で、相手を倒しても、止めを刺していない限り、反撃の可能性がある。従って、心を残し、次の対応を考える。これが基本である。また、一人の敵に心を止めず、他からの攻撃にも対応できるようにしないといけない。

 しかしこの残心が、形骸化している。特に柔道では、一本にもならない技でも、ガッツポーズする者までいる。このようなものを、武道と言ってよいのだろうか。

 但し、このような命のやり取りと言う緊張感の連続に、本当に人は耐えるのであろうか。全ての人が耐えると言うことは、考えられない。前に、禅について書いた時、白隠禅師の墓の傍に、修業半ばで神経を患い死んだ僧たちの墓があると書いた。禅というのもある意味真剣勝負である。座布団の上で死にきった人間こそ悟りを開けると言う。

 武士道には、このような残酷な面がある。少なくとも、武士道などと言う人間は、それに耐える人間でないといけない。本当の恐さも知れずに、禅かぶれになるのも困ったものだが、武道にも同じような危険性がある。

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東京裁判のもう一つの評価

 東京裁判は、敗戦国日本を、アメリカを中心とする戦勝国が裁くと言う、当時ない形であった。そして、戦後日本の平和国家への道を開いた功績も、無視できるものではない。

 しかしこれは、日本の同盟国であるアメリカに、非常に悪い教訓を与えてしまった。戦争の勝ち負けと、価値観、特に宗教的価値観の押し付けは、全く別物である。例え国土を焼き払われても、信仰はそう簡単に捨てられるものではない。

 その結果は、イラクとの関係で出て来た。確かに、フセイン逮捕までは、軍事行動としてはそれなりに成果も出たし、アラブ諸国も仕方ない、と認めたであろう。

 しかしその後がいけない。東京裁判のセンスで、アメリカ的価値観での国の復興をめざしたから、泥沼になってしまった。

 さて話は戻るが、日本はなぜこのように、アメリカ流を受け入れたのであろうか?色々な側面があるが、日本の宗教環境が特別であると言うことも、一つの要因である。日本で一番人口が多いのは、仏教徒であろうが、これがすこぶる怪しげである。明治維新の廃仏毀釈では、僧侶が還俗して、本尊を燃料として風呂を沸かしたりしている。一方、国家神道も、明治以降のデッチ上げであり、これも直ぐに鍍金のはげるものである。このような環境では、アメリカ的倫理のしつけも素直に進んだが、これで世界が全てと思ったのが、今回の失策になったと思う。

 このような宗教の骨抜きは、織田信長~徳川政権の大きな文化遺産だと思う。

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沖縄ノート裁判について

 「沖縄ノート」大阪高裁判決が出たが、納得のいかない判決である。多くの集団自決に関しては、「軍の関与」があったことは、まず間違いがないであろう。

 しかし、それと個人の名誉毀損と言う問題は別である。

 特にこのような、”戦争犯罪者”に対する、いわゆる”進歩的な知識人”や”マスコミ”の与えて、精神的苦痛に関しての配慮が無い判決には納得がいかない。

 特にマスコミは、いわゆる「百人斬り」報道のために、「戦犯として処刑された人がいる。」と言う重みをどう思っているのであろうか。

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法律の勉強について(承前)

 昨日、法的三段論法について少し書いたが、1点補足しておく。それは、判例の利用法である。

 法律の文章は、あくまでも文章であり、全てを尽くすわけにはいけない。しかも現実は色々と変化する。そこで、実際の裁判でどのように解釈したかが、後々も参考になる。

 従って、主要な判例を読み込み、裁判官がなぜこのような判断をしたか、この事実関係はどうなっていて、そこにどのような意志が働いたかを理解する。

 このような経験も大切なので、追記しておく。なお、自分勝手な法律解釈を、人に押し付けるようでは、間違っても合格しない。念のため

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