論理的思考について
この休みに、論理的思考に関してもう一度考えてみた。特に、アメリカの哲学者(?)C.S.パースの考え方が参考になった。パースに関しては、琉球大学でご活躍されていた、米盛裕二先生の1981年の著作「パースの記号学」が、『仮説思考=アブダクション』と言う概念と供に、日本で一つのブームを引き起こしたと思う。
今回は、岩波文庫の「連続性の哲学」を読み直すことで、パースの主張の一部が解かったように思う。この本の第二章「論理学の第一規則」は、
「数学の計算方法のなかには、黙っていても誤りを
自分で正すという面白い性格をもった方法がいくつかある。」
と言う書き出しで始まっている。
この指摘は、面白いと思う。パースは、人の思考は記号であり、常に前提になる情報を選択する必要がある。言い換えると、「謬る可能性が常にある。」と言う発想である。
そこで重要なことは、推論においても、「丈夫で安定なものが必要」と言う発想である。このため、計算途中で自動修正と言う発言が出てくる。もっと乱暴に言うと、「科学法則は、比較的安定した法則を見出す。」と言う考えである。この考えでは、
「論理的と言っても、安定した概念・法則で、記述する。」
と言う観点が出てくる。
しかし、コンピュータで計算すると、不安定なものも計算できるようになる。この点については別途詳しく論じたい。
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連続性の哲学 (岩波文庫) 著者:パース |
なお、米盛裕二先生は、2008年3月19日にご逝去されたと聞く。ご冥福をお祈りしたいとともに、最後の著作である、「アブダクションー仮説と発見の論理」を、一度読んでみたい。
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アブダクション―仮説と発見の論理 著者:米盛 裕二 |
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