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2009年2月28日 (土)

武士道と簡単に言うな

 近頃、テレビ画面や自分の著書で、『日本の武士道』と言う方々がいらっしゃる。しかし彼らが、本当の武士と言うものを理解しているか、疑問に思う。私の父などが、先祖から伝えた武士の生き方は、『死と隣り合わせ』であった。自分も含めて、義のためには命を軽く投げ捨てる一生である。主君に「苦しゅうない」と言われれば、その場で腹を切る。そのため、一人前の男として認められる前には、切腹の作法を習う。これが、武士道の基礎にある。

 これが身についていれば、近頃のニュースに対する対応も違ってくると思う。例えば、国益に反する公僕に対して、『死ね』と勧告する。自分も直ぐに死ねるから、それなりの立場の人間が『国益に反したら死ぬように』と言い得る。これが基本である。

 そのような観点では、武士道などと騒いでいる人が、某元大臣の自殺可能性を心配するなどと言うのは、中途半端な意見だと思う。

 私個人では、上記の世界を知っているだけに、武士道などとは無縁にしたい。

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2009年2月27日 (金)

組織のスキル

 管理職の役割を考えていると、自分の預かった組織のスキルについて、色々思うことがでてきた。まず考えることは、コミュニケーションの良さである。最低限では、相互の会話ができている。それより相互の間で思いやりが出来ることが望ましい。

 そして意思決定機能がしっかりしていること。反論を含めて、多面的な見方ができていること。リスクの評価がきちんとして、冷静な判断が出来ること。このような特性が望ましい。

 そのような組織の基本は、各構成員のことを、相互できちんと受け入れていることである。自分が受け入れられていると言う環境で、各人は最大の力を発揮する。不安を抱えては、良い仕事は期待できない。

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2009年2月26日 (木)

数学の学び方(大学と企業の違い)

大学工学部で学んでいるあなたに

 お久しぶりです。今は大学も試験休みでしょう。そして、あなたは今まで受けた期末試験の結果を、楽しみ(心配?)にしているでしょう。さて、今回の試験には、数学がありましたか?数学の成績は如何でしたか?

 実は、私は大学にいた間は、数学の成績は最低でした。何故か問題が解けないと言うことと、何のために勉強しているか良く解かりませんでした。特に、『固有値』などの言葉に引っ掛かり、よく解かりませんでした。

 しかし会社に入ってからは、フーリエ級数と、歪み波形の高調波成分の対応など、現実の問題に数学が使えることを知って、数学の便利さが改めて、理解できるようになりました。前にも書きましたが、数学を単独で学ぶより、応用数学として力学や電気の問題と関連付けて、数学を使う立場で勉強した方が、面白く勉強できました。

 このような勉強では、練習問題の答えを思いつかなくても、例題の意味を良く考える方が、効率的に勉強できたように思います。

 数学の勉強は、問題を解くことにあるという、高校までの偏見で、私は勉強しそこなったように思います。私と同じ誤りに、落ちないように、数学は使うものであると考えて、勉強してください。

 正体不明のおじさんより 

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2009年2月25日 (水)

管理職の役割(その3)

 もう少し管理職の役割について書く。まず大きく分けて、以下の2つの役割がある。

 1.長期的視野で組織を育てる

 2.短期的に現状の経営的要求を達成する

 例えば、現在の仕事にトラブルが発生しているとする。即座に、外部に影響を出さないように、対処して被害を最小にする『対処』をまず行う必要がある。しかし、これだけでは、管理職としては、50点以下である。合格点を取るためには、そのトラブルの真因を掴んで、根本原因に対処しないといけない。そのような『解決』を得ることで、合格点となる。

 この応用として、管理職になったら自分の組織に対して、常に不満と不安を探さないといけない。現状に甘んじていると進歩は無い。担当者の時代は、与えられたものでベストを尽くすことが重要である。管理職になって、自分で改善する力ができたら、どんどん不満を見出し、それを改善していけばよい。

 管理職になれば、今までの不満を解決できるかもしれない。

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2009年2月24日 (火)

管理職の役割(続き)

 昨日の続きで、管理職の役割というかやりがいについて考えてみよう。管理職になったら何が良いか?給与などの処遇面が、会社から提示されるかもしれない。

 しかしそれよりもっと大切なことがある。それは、
  「組織を自分の理想に向けて変える可能性が増える」
と言うことである。会社での地位が上るほど、自分の裁量範囲が増える。そして、自分の意見を通す可能性が増えてくる。

 また、見方を変えれば、自分が管理職になることで、同僚や後輩・状況によっては先輩を庇ってやること、救ってやること、チャンスを与えることができるかもしれない。

 このような観点ももって欲しい。

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2009年2月23日 (月)

管理職になるべきかどうか?

 新年度を前にしたこの時期、管理職への昇進が見えている人も多いだろう。その中には、管理職になるべきか、悩んでいる人も多いと思う。そのような人に、少しアドヴァイスをしておきたい。

 まず管理職の必要性を良く考えて欲しい。小さくても、複数の人間が存在する組織では、誰かが方向付けし、調整する管理職が必要である。この機能がないと、皆がばらばらになってしまう。ばらばらでも、機能するなら良いが、多くは人の足を引っ張り合うようになる。さてそこで、
   「自分が適任か悩むあなた」
は、まともな人である。このような人こそ管理職になって欲しい。悩まないような人が管理職になると、皆が迷惑することが多い。自分でなくて、もっとひどい人が管理職になったときの、組織の悲劇を考えて欲しい。自分の能力は、努力であげることができる。また間違いも、自分の努力で直すことができる。しかし他人が向上するか、直すかは未知数である。特に不適合者ほど、直す可能性は少ない。

 他人に譲り公開するよりも、自分が苦労した方が、後悔が少ないと思う。

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2009年2月22日 (日)

学校制度と内弟子制度

 日本のものづくりは、「見えないところまで、気を配っている。」と、高く評価する向きがある。このような仕事を育た要因として、昔からの職人などでおこなわれた内弟子制度などの、全人格的な育成方法もあると思う。内弟子制度では、親方や師範の家に住み込むから、実質24時間監視されている。その緊張に耐えて、物を作ると言うことは、済む図実までの気配りを自然と行うようになるであろう。

 さてこれが、学校制度ならばどうなるか?学校が終われば自由時間と、切り替えがきちんとできている。このような生活では、割り切りが働いてしまうであろう。

 今の世界は、学校的管理は、きちんと働いているが、全人格的な管理までは進んでいないように思う。

 逆に、学校制度で、24時間戦える人間を作るのには、全寮制で24時間指導でないと難しいように思う。

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今朝のサンデープロジェクトを見て

 今朝の朝日系のサンデープロジェクトは、1000回記念と言うことで、色々な議論が行われていた。そこで色々と思うことがあった。

 まず、戦後の日本の制度は、民主化と言う蓑を着ているが、まるで
  『天皇制の上に、アメリカの代表マッカーサーを、据えただけ。』
と言う感じがした。最も、ある一部では、『マルクス主義』を持ってきたように思ってしまった。(これは、私の個人意見)

 この結果、「世界の指導原理=アメリカの指導原理」と言う条件反射ができてしまったように思う。

 もう一つ、日本の文化として、仏教伝来・中国文化・西洋文明の受け入れなど多様を、受け入れると言う話しがあった。それを同化したのは、この国の大きな力だと思う。しかし、同化している時には、異分子を受け付けなくなる危険性がある。日本人の多様価値観を受け入れない民族性は、このような自国の異文化消化吸収能力によるのではないか。日本では、変った人間が生き残るのは難しいと感じた。

 以上忘れないうちにメモしておく。

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大学理系で学ぶあなたに

大学の理系で学んでいるあなたに

 あなたが理系の大学で、今後成長するためには、物理学の基礎的な理解をしっかりする必要があります。具体的には、解析力学の段階です。ラグランジアンやハミルトニアンを使うために、一般化した座標系を使いますね。
  「具体的な、空間のXYZ座標から離陸して、抽象化した
   位置情報と速度情報か運動量を座標として考える。」
このような発想を理解する。上手く現実世界の現象を説明できるように、一般化した力などの、概念上の道具を使っていく発想を学ぶことが大切です。くどいですが、エネルギー保存法則の使い方をしっかり学んでください。

 また、ミクロの世界とマクロの世界を繋ぐ、統計力学の発想も重要です。熱力学で学ぶ、圧力などは、マクロの情報です。これを、個別原子の動きから導くには、情報が大きく減少します。その結果、可逆性が失われます。そのようなからくりを、きちんと学んでください。

 物理学には、可逆性が支配するミクロの世界と、非可逆なマクロの世界が存在します。

 この両者の違いをきちんと理解してください。特に非可逆の世界は、情報の減少がどこかで働いていることを、理解してください。

 それでは、この春休みを有意義に過ごしてください。

 ミクロな物理学の理解は、ランダウ=リフシッツの力学が面白いです。

力学・場の理論―ランダウ=リフシッツ物理学小教程 (ちくま学芸文庫) 力学・場の理論―ランダウ=リフシッツ物理学小教程 (ちくま学芸文庫)

著者:L.D. ランダウ,E.M. リフシッツ
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量子力学―ランダウ=リフシッツ物理学小教程 (ちくま学芸文庫) 量子力学―ランダウ=リフシッツ物理学小教程 (ちくま学芸文庫)

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マクロの物理学の話しを概略で理解するのは、これが面白いです。

岩波講座 物理の世界 統計力学〈1〉ミクロとマクロをつなぐ―熱・統計力学の考え方 岩波講座 物理の世界 統計力学〈1〉ミクロとマクロをつなぐ―熱・統計力学の考え方

著者:蔵本 由紀
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岩波講座 物理の世界 統計力学〈2〉マクロな体系の論理―熱・統計力学の原理 岩波講座 物理の世界 統計力学〈2〉マクロな体系の論理―熱・統計力学の原理

著者:吉岡 大二郎
販売元:岩波書店
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2009年2月21日 (土)

長期的視点の政策は誰が考えるのか?

 現在の雇用問題を見ていると、長期的・大局的な対策ができていないように思う。そこで、気になるのは、行政の意思決定構造である。民主主義政治の原則を考えれば、国会議員から選ばれた、大臣達が決めることになっている。そして、その議員を選挙で選んでいるのは、我々である。

 さて、我々が国会議員を選ぶとき、そのような大局観・長期展望をもった人と言う基準で、選んでいるのであろうか?まず、我々がそのような能力のある人材を、選別して議会に送るという意識をもつ必要がある。

 しかし、それ以外にも、学会や論壇からも、この国の長期的視野の議論が聞こえてこない。一部の政治家や大学教授の発言はあるが、総合的な話でなく、自分の専門医閉じこもっているように思えてならない。

 この国の長期的な視野に立てば、農業を含めて産業構造の見直しが急務と思う。

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日本の政治家に欠けているもの

 大阪の橋下知事が頑張っている。そして、無事任期1年を終え、それなりの成果を出していると思う。大阪府の黒字達成は、横山ノック知事以来と言うことも、意味深い。横山ノック知事の得意技と言えば、国会議員時代の経験を活かし、国からの補助金を引き出しであった。

 一方、橋下知事は、市民に訴える力が、得意技である。大阪府を経営的に見て立て直す、この一点で府民の意思をまとめた力は大きい。

 これを考えると、橋下知事は、府民に訴えるものを持っている。しかし日本の政治家には、何か訴えるものが無く、官僚の力便りで政治を動かしているように思う。

 もう一歩踏み込むと、子どもの時に論理的な考え方を、きちんと教えていない。哲学の基本も教えない、大学の初年級教育などに問題がありそうだ。特に、お上の言うことに逆らわず、そのまま信ずる人間を育成するシステムを、明治以降の教育は狙っていたように思う。但し、明治の教育は、エリート大学生には、哲学的な議論をきちんとさせたが、今はそれも崩れたように思う。

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2009年2月20日 (金)

就職先を考えるときに

 就職先を考える時、その就職先がなぜ良いのか、その事業分野がなぜ良いのか、自分で考えることは大切だと思う。まず自分で考えて判断したことなら、他人のせいにすることがないので、頑張りも利くであろう。

 更にもっと大切なことは、就職した後の対応である。そのような利点をきちんと考えておけば、自分の仕事にやる気も出るであろうし、また新しい仕事を選ぶ場合にも、選択基準もできる。

 但し、自分の見方にこだわりすぎるとチャンスを失ってしまう可能性がある。謙虚さを失わずに、色々と考えることが重要である。

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2009年2月19日 (木)

VE提案を評価する力

 昔、ある会社の新年取引先向け説明会をに参加した時、何度も
  「コストをとにかく下げましょう。そのために皆さんのVE提案を待っています。」
と言っていたのが、印象に残っている。

 しかし、これは発注側の会社にとっては、非常に難しい話である。取引先業者が「VE提案」である「同一機能の代品」と称するものを持ってきたとき、それを評価する能力が必要である。まず自分の会社の扱っている製品の本質的な機能を理解している。更に代替品について理解できないといけない。

 更に、代替品を適用した場合の副作用まで検討する必要がある。

 単に、新しいものを買うと言った作業にも、このような難しいものがあることを知って欲しい。

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2009年2月18日 (水)

80,000アクセスの御礼

 先ほどアクセス解析を見たら、80,000アクセスを突破していた。ご高覧いただいた皆様に多謝。

 アクセス解析を見ていると、特定のページに対するアクセスで、数を稼いでいるのが解かる。今後とも、このような長く見て頂けるページを作成したい。

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2009年2月17日 (火)

歴史教育に現在の道徳を入れるな

 歴史の教育において、現在の道徳観を持ち込むと、真実が隠れてしまう。例えば、江戸時代の武士の振る舞いは、武士としての感性であり、現在とは異なる。例えば、薩摩藩の財政建て直しとは、調所笑左衛門が500万両にも及ぶ膨大な借金を、商人を脅迫して借金を無利子で250年の分割払いとしたことによる。更に、これを飲んだ商人の中には、琉球等を通した密貿易で、逆に大儲けした者もいたと聞く。

 このような行動は、現在の道徳観では許されるものではない。しかし、これを許されないから、教科書に載せないと言うことも間違っている。

 更に、一部だけの記述も誤解を招く。例えば、借金を無理やり、無利子長期支払いとさせたことだけ書き、密貿易利権を与えたことを書かないなどである。

 これは、
   「権力を持った武士は悪く、商人は泣かされていた」
と言う価値観に毒されているように思う。

 その当時の価値観を考慮し、自分の価値観から自由な目で見る必要がある。

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2009年2月16日 (月)

大阪空港について

 アメリカで飛行機の墜落事故が起こり民家にも被害が出ている。さて、この話しを聞いて気になるのは、大阪空港(伊丹)の環境である。離着陸コースの下には民家密集地がある。そもそも関空を作った理由は、このような環境で騒音被害が大きいから、地元市長たちが、 
  「伊丹空港廃止論」
を声高く叫んだからである。

 確かに騒音問題は、住居の改善で直るかもしれない。しかし離着陸失敗時のリスク管理は大きい問題で残っている。

 橋下知事もこのような観点で、見直して欲しい。

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このような採用があった

 日経BP社のHPで面白い記事を見つけた。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20090212/185850/?P=2

http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20090212/185850/?P=3

 この採用条件は、今の企業の就職試験問題としても使えそうである。

 忘れないうちに、記録しておく。

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2009年2月15日 (日)

ネット上の発言について

 ネット上での炎上や、度を越した書き込みが、社会問題となっている。これは、ブログや掲示板に簡単に書き込みできる、仕組みによって、書き込むことができる人間が、大幅に増加したからと思う。従来のマスコミの世界では、ご意見受付や投書と言う形で、受け付ける段階で評価を受け不適切と判断されたものは、拒絶されていた。しかし、ネット上のソフトは、自動的に公開することが多くなっている。

 このような発言の仕組みには、功罪がある。インターネットの功罪である。まず、光の面から述べてみよう。

 従来の選別された意見公開では、どうしても『表現力の高い人たちの意見』が重視されていた。いわゆる『進歩的知識人』の世界である。残念ながら、我が国の『進歩的知識人』は少し偏りがあったように思う。北朝鮮の拉致問題にしても、小泉政権が対応する前には、「某政党のHPでは拉致など存在しないと公言」し、しかも
  「国会でこの件を取り上げた某議員をののしり倒した」
ように、『進歩的な知識人様』に逆らう者は、発言を封じられる空気があった。これに逆らって出版会などメディア世界で生き残ったのは、山本七平氏など小数である。このような左翼系の言論圧迫に対抗した、インターネットの草の根発言は、それなりの功績があったと思う。

 しかし、罪の部分もある。例えば議論の仕方、発言の仕方を知らず、ルールやマナーを弁えない発言が、出現している。これが、人格攻撃になる場合も多い。
 「物的被害で無いから、何を言っても良い。」
 「匿名世界だから責任は取らなくても良い。」
等の誤解で、勝手なことを書いて、最後には警察沙汰になった人もいる。それより、これで被害を受けた人が多くいることを、認識しなければならない。

 さて、この根本解決はどこにあるだろうか。まず日本の国語教育で、本当の議論の仕方を教えているだろうか。更に教師の言うこと以外の異論を、冷静に受け入れ評価する訓練が、大切だと思う。

 このために、良い議論のされている、ネット上のページを見ることも大切だと思う。

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2009年2月14日 (土)

日本語の論理性

 私達は、大学どころか大学院でも、日本語の教科書を使うことが多い。これは当たり前のように思うかもしれないが、大きなことである。翻訳がしっかりしている。ここ20年ぐらいは特に翻訳書が多く手に入るようになる。

 しかし、もっと大きなことは、日本語の記述能力が、強力であるということである。翻訳しようにも、そのような概念が無いと翻訳できない。明治時代の先人が、多くの訳語を創出した。この成果が、現在生きているように思う。

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2009年2月13日 (金)

企業の寿命は30年

 日経BP社のホームページを見ていたら、「企業の寿命は30年」と言う記事があった。

 確かに、多くの企業が、30年の寿命で消え去っている。さらに、技術分野や市場が30年もあれば、大きく変る状況は、1970年代を思い出してみれば、色々ある。電子通信の世界でも、アナログからディジタルへ、回線交換から蓄積交換と変化している。

 そこで、気になるのは、終身雇用の制度である。企業自体が30年で滅びるなら、終身雇用で20代で採用されても、60歳の定年まで持たない。

 ここまでいかなくても、技術分野、市場分野が変化するなら、生涯学習で適応力をつける必要がある。このためにも、若い時代に基礎知識をきちんと学ぶ必要がある。基礎がしっかりしていれば、新しいことを学ぶことも簡単にできる。若い時は無理押しができても、年取ってからは、基礎力の差が大きい。若い間に勉強したら、年を取ってから楽になる。

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2009年2月12日 (木)

発明と発見の違い

 数学の各種成果は、発明であろうか、それとも発見であろうか?C.S.パースなら、発見と言うだろう。パースの発想なら、
  「混沌の中に有効な情報の構造を見出す。そしてその機能を評価する。」
ことは、発見と言うことになる。このような場合、散在した情報は潜在的には意味があっても、使えるようにはなっていない。

 そこで、必要な情報を組み合わせて、実際に使えるようにしていく。その過程では、色々な機能を実現しながら、構造を強化していく。その時には、その機能を使ってみる。不十分な部分を補充し、不要な部分を切り捨てていく。このような段階を経て、主要概念とその関係を明確にしていく。

 このような段階で、発見したものが明確になっていくのではないか。これは、ある意味発明に近いかもしれない。

数学 その形式と機能 数学 その形式と機能

著者:ソーンダース マックレーン
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2009年2月11日 (水)

海外生産では高級品を

 色々なものづくりの場で、良く聞くのが
  「人件費の安い中国で作る」
と言う発言である。これは、同一労働・同一賃金の原則からも、本質的におかしいものがある。

 しかし、もう一つ重要な反論がある。日本と言う国は、貿易立国であり、輸入してくれるお客様がないと成り立たない国である。そこで、大きな市場は、アメリカであり中国である。そのお客様を、
  「安い賃金で、安物しか買えない」
と言う見方で見てしまえば、良いものを買っていただけない。

 もっとお客様を大切にしないといけないと思う。

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NHKに言われたくない

 NHKの解説番組で、「雇用と経済」の特集を放送していた。(2/11 10:05~11:55)

 たしかにもっともと言う意見もある。しかし、NHKの立場には、一般企業の人間には、腹立たしいものがある。なぜなら、彼らが”市場”に受け入れられる苦労と言うものが、実感として感じているとは思えない。テレビの受信料を、国民の義務と言わんばかりに取り立てる。

 このように、お客様からお金をいただくと言う苦労を知らない人間に、経営に対して言われたくないと思ってしまうのは、ひねくれているのであろうか?

 さらに、派遣労働者の低賃金の話しがあったが、テレビ局の番組つくりでも、下請けの業者に安く作らせることで、製作原価を抑えているのではないか?

 内容に関しても、「企業は人材を大切にしていない」と言う話が多かったが、これまで企業の経営を圧迫した要因の一つに、
  「旧来ビジネスに適合しすぎた人間を大切にしすぎた」
と言う側面もあることを指摘しておきたい。もっとも、これは政治と言うか制度と言うか、
  「一度正規採用したら、不適合になっても雇用契約を切れ無い」
ので今まで残っていると言う側面もあるが・・・

 とにかく現状を打破するには、今までの企業の枠を超えて、第一次産業も含めて雇用を広げないといけないと思う。そのためにも、従来制度のしがらみを切って、改革する必要がある。

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教育に於ける総合的なアプローチの効果

 前にも書いたが、日本の国語教育は、道徳教育と分離していない。これは、論理性を身につけたり、客観的な理解については、障害となる面がある。しかし、道徳的なものの見方が自然に身につく利点もある。江戸時代の寺子屋でも、手習いに道徳的な一節を書かせること多かったと聞く。

 更に、鉄道唱歌では、歌を通じて、日本各地の名物などを伝えて、地理の教育に役立てている。

 現在の教育は、少し専門に分かれすぎているように思う。そういう意味では、総合的に融合した教育も良いと思う。

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2009年2月10日 (火)

日本の雇用力について

 現在の求職難を見て、数十年ほど時計を戻して考えて見た。数十年の単位で、求職者の状況と、求人状況の変化を考えてみよう。

 まず、男女の雇用均等と言う観点がある。さらに、大学進学者の増加である。こう考えると、大卒のホワイトカラーの求職者が、大幅に増えている。乱暴に言っても、2倍以上の増加である。

 しかし、求人側の企業で、それだけの雇用を創出しているのであろうか?いわゆる右肩上がりの高成長なら雇用はどんどん生まれるが、安定成長で、それだけの雇用が生まれるのであろうか?

 大局的にこのような観点で、この国の教育・雇用の両面を見ている人はいたのだろうか?特に政治家や官僚はどうであろうか?

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2009年2月 9日 (月)

情報とエネルギーの分離

 物理学の基本原理の一つとして、エネルギーの保存則がある。しかし、この原理は誤解を招くことも多い。

 例えば、音を消すために、逆位相の振動を行う音を発生させる、アクティブ消音法がある。これに反対する人は、エネルギー保存則を根拠として、2つの音のエネルギーは消えないと言う。A.C.クラークはこれをネタにして短編を物にしていた。

 実際は、音はエネルギーとしてでなく情報として伝わっている。逆位相の音同士の打消しは、熱エネルギーとしてどこかに散らばってしまう。そのようなエネルギーと情報の分離をきちんと理解していないと、このような珍説を振り回すことになる。

 但し、実際のアクティブ消音では、位相のズレなどで、低周波のうなりを生じる可能性もでている。このような、理論から実用の段階では、色々なトラブルが生じている。

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2009年2月 8日 (日)

学問と実用生活

 ある機会から、『アメリカが生んだ最も多才で最も独創的な哲学者』C.S.パースの著書を読み直している。パースの著作は膨大なものがあるらしいが、邦訳は限られている。しかし、邦訳された文献からでも、凄みは伝わってくる。まず最初に、「連続性の哲学:岩波文庫688-1」から、学問と実生活の関係を考えてみたい。

 ここでは、実生活の意思決定と、学問世界の論理的思考方法の両者について、その違を指摘している。パースの指摘のとおり、現実世界では、感情・本能による意思決定が力を持つ。一方、学問の世界では、数学・論理と形而上学などの理論的にしっかりした思考方法が重要である。

 特に、大学で学ぶべきことは、まずしっかりした、論理的思考法を学ぶべきである。この論理とは、数学なども含む広い論理である。その後、科学哲学の思想をきちんと理解して、理論と現実の関係も、しっかり学ぶべきである。このような論理性が、学問の世界で生きていく条件である。

 なお、パースは、本能なども学問的経験が浸透することで改善されると指摘していることも、付記しておく。

<第1章p46~p47から引用>

 われわれはどのようにささやかな仕事であれ、周囲の状況が許す範囲で自分の微力をもって遂行することのできる、人生の仕事を見つけ出さなければならない。われわれはそうした仕事の遂行のためにすべての力を発揮しなければならないから、それには当然理性も含まれる。しかしすでに述べたように、そうした作業の過程で主として頼りにすることができるのは、魂の部分のなかでももっとも表層的で誤りやすい部分ー理性ーではなくて、もっとも深く確実な部分ー本能ーの方である。

 とはいえ、この本能もまた発展し成長することができるのである。たしかにそれが担う決定的な重要性を考えれば、本能や感情の発展の運動は非常にゆっくりしたものであるが、それでも本能や感情の発展は理性の発展とまったく並行した形で生じる。ちょうど理性が経験から生まれてくるように、それらの発展もまた魂の内的、外的な経験から生じる。その経験とは、例えば内省であり、あるいは逆境での生活である。またそれは認識活動の発展と同じ本性をもっているが、主として認識活動が提供する道具的有用性の側面を通じて発展する。魂の深い部分に触れることができるのは、その表面を通してである。それゆえ、このような内外の経験に対処する過程のなかで、われわれが数学と哲学と他の科学によって触れることを許される永遠的な諸形式は、ゆっくりとした浸透作用によって、われわれの存在の中核へと達することになる。それらはわれわれの生に実際に影響を与えるようになる。そしてそれらの形式、イデアのコスモスが、結局のところ人間の生への影響力をもつことができるのは、それらが人生にたんに決定的に重要な真理を含んでいるからではなくて、それ自身がまさに理念的で永遠的な真実であるからである。

<引用終わり> 

連続性の哲学 (岩波文庫) 連続性の哲学 (岩波文庫)

著者:パース
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2009年2月 7日 (土)

この国の議論下手の影響

ネット上で、悪質な書き込みをしたと言うことで、とうとう逮捕者がでた。今までも色々問題のあった、ネット上のコメントだが、とうとうここまで来た。このことに関して、現在色々議論されているが、論点はネット世界の匿名性と無責任性に関するものが多いと思う。しかし、もう一つ踏み込むと、我が国の現状である、議論下手と言う特性が見えてくる。

 国会議員や大臣でも、論理的に話していない人は多い。しかもその論法が通用するのは、「かんぽの宿売却問題」に対する、某新聞の社説が「総務大臣の話は論理性に欠ける」と言った時にも、無視された例でも解かる。もっとひどいのは、「郵政選挙の議席でかろうじて持っている某総理大臣」が、「郵政民営化に反対だった」と公言する事態である。彼らは、論理と言うより、自分の言いたいことを、大きな声でわめき散らし、反対意見を押さえ込めばよいと思っているとしか思えない。「相手の発現中には口を挟まない」と言う最低限のマナーも守られていない。

 また、ネット上の書き込みでも、相手の文章全て読まずに、一部が気に入らないと噛みつく例も多い。

 この原因は、この国の国語教育にあるように思う。相手の意見をきちんと理解して聞く。その上で自分の意見があれば、根拠を整理したうえで、反論する。このような論理的な力が、訓練されていないように思う。もう一歩踏み込めば、国語教育と倫理・道徳の教育が分離されていない教育システムの欠陥がある。子供に対して倫理的価値観は、ある意味問答無用で押し付けるものである。これを、国語の論理的能力とはきちんと分ける必要がある。さらに、日本の教育は、明治は「教育勅語」で、戦後は「マルクスレーニン主義もどき」の権力による、教師に反論を許さないシステムになっている。なお、現在は「マルクスレーニン主義」の代わりに「指導要領書」や「赤本様」を神様にしているらしい。

 反論があることを考慮し、それに対し論理的に応える姿勢が、論理的な議論の原点ではなかろうか。聖徳太子の憲法の第1条は、きちんとこのことを言っていたように思う。 

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2009年2月 6日 (金)

経営のプロとは?

 スポーツなどで、プロと言うものは、悪い時にも結果を出すことが要求されている。

 さてこれを経営者に関して考えてみよう。この場合でも、現在のように悪い経営環境でも、しかるべき結果を出すのが、プロではなかろうか?

 こう考えてみると、日本における本当の経営のプロとは誰だろうか?

 直ぐに思い当たらないのが情けない。

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2009年2月 5日 (木)

数学の勉強法について

 数学の勉強は、体系的に学ぶべきだと言われている。つまり、教わるものを、順次積み重ねていくことが重要である。しかし、数学は一本道ではない。色々なところで分岐点がある。

 確かに、ユークリッド幾何学の証明は、前の成果を踏んで進む。しかし、代数学や解析学と幾何学には、それぞれ別のものがある。そして、記述法も別々であり誤解を生じることもある。

 しかしこれを逆に考えれば、今まで数学がわからなかった人でも、新しい数学分野は理解できる可能性もある。大学で数学をやり直してみる。卒業後にやり直してみる。このような発想で、もう一度特定の数学分野を学んでみたらどうであろうか?

 例えば、高木先生の整数論あたりで勉強するのも良いと思う。

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2009年2月 4日 (水)

大局からの観点と現場の細かい視点

 アメリカの経済危機は、金融工学が示した、無節操なローンの債権化が、一つの原因と聞く。これは、現実が示しているとおり間違っていた。

 しかし、経済の発展のためには、ある程度のリスクを負わなければならない。大局的に見て、金融工学の手法は正しいこともある。

 ただ、大局的に正しいことでも、実行方法が正しくないと、世の中は上手くいかない。現場の金融を動かす人間が、評価をきちんとせずに金をばら撒いた結果が、アメリカの危機である。

 大局の視点と、現場の個別の正しい目の積み重ねが相俟って、まともなものができる。

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2009年2月 3日 (火)

工業社会の必然

 現在の工業社会を大局的に見ると、省力化・自動化の方向に向かっている。工作の自動化、オフィスワークのIT化、どちらを見ても人手を少なくする方向である。

 これを考えれば、安定成長になれば、雇用が少なくなるのは目に見えている。

 従って、工業の世界で雇用を増やすには、採用される側のスキルや技術を高度化するか、新たな価値を創造する必要がある。

 例えば、対人接客の木目細かいサービスなど、もう一度評価しなおしてはどうだろう。

 コールセンターを低コストと言うだけで、安易に外注しているようでは、新規雇用も市場も生まれないように思う。

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成功哲学は本で学べるのか

 世の中には、「成功方法」と言うか「成功哲学」の本が沢山出ている。
   「それで本当に成功するのか?」
との疑問には
   「決定版がないから沢山本が出ている」
と言う、説得力のある答えが返ってくる。しかしこれでは、本を買った人は浮かばれない。しかも、どうしたら『成功』するかと言う答えがないまま放置されている。

 さて、このブログの思想は、できるだけ答えを出すことにしている。そこで私なりの成功法を説明したい。

 まず、本を与えられても、「それを実行する仕組み」と言うか「推進力」がないというのが、実体であろう。逆に、自分でこのような成功手法を調べて、自分の訓練方法を編み出し、実行する人なら、このような本を読まなくても成功する。

 そこで、実行するための推進力であるが、一つの候補は、「他人からの受容体験」である。つまり、「あなたは大切です。素晴らしい。」と、誰かに認められた経験である。これは、実在の人物でなくても、神様や仏様でも良い。自分が、その神様に認められていると言う感触だけでも、落ち着いて自分の良さを認め、それを伸ばすことができる。もっとも、ガネーシャ様は、恐れ多いから、普賢菩薩様のご眷属様の"白い象さん"あたりが優しいので良いと思う。観音様も優しいし、弁財天様も美しい。

 どうしても、そのようなものが見つからないなら、自分で自分の良い所を見つける。それも客観的に評価しながら、見つける。こうして、自分を褒めながら伸ばすことが有効と思う。成功哲学の本は、このような話があるのかな? 

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2009年2月 2日 (月)

正社員の高給与の根拠?

 実力もない正社員が高給与を甘受していると、色々批判が多い。さてこれと同じような話しが、歴史の世界であったかなと、考えてみた。

 そこで思い当たるのが、旧軍隊の「幹部候補生」の制度である。大学生を幹部候補生として採用し、速成訓練で士官とする。この制度の本質は、司馬遼太郎氏や山本七平氏の著書に色々と書いているが、要するに
  「兵隊の先頭に立って突撃して死ぬ小隊長」
の役割を果たす人間の速成養成である。つまり、先頭で死ぬ危険性の代償としての厚遇であった。

 更にもう少し歴史を遡ってみよう。江戸時代で、威張っていた武士について考えてみよう。武士の値打ちは、
  「お家のためにいつでも死ねる」
と言うことにある。そこで、狭い意味では、
  「戦場での死」
しか考えない武士もいたが、上杉鷹山のような指導者の下では、主君の命じる土木工事でも命がけで行っている。

 ただし、現在の会社で、万一の時に死ぬと言うことだけで、高給取りは許されないと思う。高い給与は、それなりの技能や知的貢献で、皆に納得してもらう必要がある。

 繰り返すが、大学を出ただけで、正社員の厚遇が期待できると思ってはいけない。

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2009年2月 1日 (日)

かんぽの宿売却問題

 近頃ニュースで騒がしい、「かんぽの宿」売却問題であるが、どうも偏った見方が気になる。鳥取県岩美町の施設評価額が「1万円」だったが、6000万で売れたと言う話しである。

 しかしこれは、複数施設の一括購入後に個別販売の話しである。一般に物を買うとき、一つの宝物を欲しいが、それを言うと相手に価格を吊り上げられるので、他のものに混ぜ、それはあくまで付属品で買うと言う駆け引きは良くある。その時、売り側にしてはおまけの感覚であるから、売却価格は低い評価になるのは当たり前である。

 このような取引では、売った方の無能は責められても、買った方を追求するのは少しおかしいと思う。昔、南海ホークスの野村監督が、某球団でくすぶっていた江本投手をトレードで入手する時、抱き合わせなどを上手に使って非常に安く入手して、大化けさせた。

 これで、放出先の球団が糾弾されたとは聞かない。資本主義といわないでも、大阪の商人でも、「そこで泣き言をいいなはんな」と言うように思う。

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