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2009年5月30日 (土)

大乗経典としての法華経

 あるところで、「法華経はお釈迦様が直接説いた教えではない」と言う意見を聞いた。これは、時代的には当たり前の話で、法華経の成立は紀元50年ぐらいだが、お釈迦様は紀元前383年ごろに入寂されている。

 但し、これをもう一度考え直すと、色々考えるべきことがある。まず、宗教的に神秘体験と言うものは、理屈を超えるものがある。従って、本尊界にいらっしゃる、お釈迦様から直接教えを頂く可能性はある。この可能性は否定できない。

 しかも、法華経は、他のお経と違うところがあるように思う。華厳経では世界と人間の関係から、人間の可能性を説明する面がある。しかし、法華経では、
 「自分が将来成仏すると言うことを信じろ」
と言うくり返しのように思う。

 しかし、信じるということは、議論を超えたものである。そう考えると、法華経は神秘的な体験に裏づけされると、明快な教えと思う。白隠禅師が晩年に法華経を重視したことも、何となく納得する。

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コメント

お久しぶりです。

日本の仏教は、どの宗派にしろ、「日本教」ですよね。インド仏教とは、あきらかに違いますね。

投稿: 流風 | 2009年6月 1日 (月) 08時05分

お久しぶりです。
私が書きたかったのは、内部構造を考える発想を、華厳経などに見出し、そのまま受け入れるのを、法華経への信仰と見たからです。
白隠禅師の観音信仰にも触れたかったのですが、また別に書きます。

投稿: 正体不明 | 2009年6月 1日 (月) 21時03分

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