« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月29日 (月)

社外講師の講習依存について

 企業の教育研修が、結構盛んになっている。20年ほど前なら、仕事の現場を通じて、いわゆるOJT(On the Job Training)で身につけた知識が、本当に役立つと言われていた。座学などの、Off JT(Off the Job Training)は、効果が少ないと、信じる人が多かった。

 しかし現在は、OffJTの方が盛んになっているように思う。この理由は、色々ある。まず思い当たる、大きいものは、教える側の能力向上と、教材の充実である。但し、これよりもっと大きいものがあるように思う。それは、現実の業務の『生ぬるさ』である。

 現在の現場では、下手に厳しいことを言うと、
  「パワハラ!」
と言うことで訴えれる。また、
  「徹夜してでも納期に間に合わせろ」
とでも言おうものなら、
  「労働基準法違反!」
と言うことになる。

 これが、社外講師の講習なら、
  「客観的に見てあなたの成績は、標準以下です」
と厳しく言える。更に宿題の標準解答時間は~~。それができなければ、家で宿題と言っても、あまり文句が出ない。結局、OffJTの方が厳しくなっている。

 なお、ものつくり側の立場でも、失敗が許されないので、直ぐに『できる先輩』が介入するので、自分で問題を解く経験が少ないのもOJTの効果を落としていると思う。

| | コメント (0)

2009年6月28日 (日)

ニュースについて思うこと

 近頃のニュースについて、責任の取り方で思うことがあり、忘れないうちに書いておく。

 まず、自民党と宮崎県知事のやり取りについて。これは、自民党の覚悟不足の一言である。仮にも県知事と言えば、一国一城の主、これを迎えるなら、総裁の席を準備すると言うのは当然の礼儀である。それだけの覚悟もなしに、声を掛けるとは、甘く見すぎていた。もう一つ言えば、従来なら中央からのバラマキに対し、知事は平伏していたから、自民党もバカにしていたのであろう。しかし、人を迎える礼儀も知らないのが、現状の国会議員のレベルであるとは、寂しい話しである。

 京都教育大学で、準強姦事件の元容疑者たちの退学を見送りとしたらしい。それなら一層、大学の職員に採用したらよい。外部に出せないものは、自分たちで使う。これは、普通の感覚であると思うがいかがであろうか?その時は、同大学に進学する女子学生には、常に貞操の危険があるとを、学生募集条件に明記しておけばよい。

 自分たちが困るものを、世間に押し付けると言う発想は、やめて欲しいものである。

| | コメント (0)

ここまでやるか?

 大学の授業NG集が公開されている。http://www.yamagata-u.ac.jp/gakumu/kyouiku/

 しかし、講義ではないのかな?

 企業の立場では、
   「大学卒業生は自分で勉強する力を身につけてくる」
と思っていたが、これでは甘く噛み砕いていないと、教育ではないと思われるのかな?

 自分を主として、貪欲に情報を吸収する、下手な講義でもかまわない。逆にボイコットして教科書で自習する、そのような学生が欲しいんだが・・・

| | コメント (0)

PDCAができるのは?

 何回かPDCAサイクルを回すことの重要性について書いた。確かに、計画し、実行し、結果を反省し、それを改善することは、組織の成長には大切なことである。

 問題になるのは、これが簡単に実行できるかと言うことである。特に、改善の段階は、欠陥の本当の原因を追究し、抜本的な対策を取ることでないと、意味がない。しかしながら、今のシステムは、これまでの経験を積み重ね、改良を重ねた結果である。その改善を、一朝一夕で簡単に行えるくらいなら苦労しない。

 長期的に考え抜いて、CA(反省改善)を行わせるなら、それも良い。このためには、研究開発を行う必要も、あるだろう。そして、現場の知恵と、最新の技術を持ち寄って、ブレークスルーを得た後で、本当の改善になる。

 しかし、単に機械的にPDCAを回せと言っていると、短期の改善しかできない。そうすると、組織に本当に必要なことのPDCAは廻らず、小さなできそうなことだけのサイクルになってしまう。このような危険性に関して、もう一度議論しておきたい。

| | コメント (0)

2009年6月27日 (土)

お礼と尊敬を強制してはいけない

 何かした時、相手から
  「ありがとう」
を自然に言ってもらうのは気持ちが良い。お客様に対して、機械的にありがとうと言う。これでは、仕事は長続きしない。お客様に対して、良いものを提供する。それに対しお客様が自然に、
  「ありがとう」
と言っていただく。それに対してこちらも
  「ありがとうございました」
と返す。こういう形にもっていきたい。単にお金を払うことに対する
  「ありがとう」
では、金さえ払えば、威張ると言う話になる。このような話をのさばらしてはいけない。

 これと関連して、尊敬の強要もいけないと思う。どこやらの大学教授が
  「先生は無条件で尊敬しろ」
等と言っているが、
  「尊敬に値する先生になれ」
がまず基本である。形の礼ばかり強制して、中味無しの尊敬を強要しても、後ろでバカにされるだけである。特に学校は、通過点である。その一つ一つで自然に頭の下がる『先生』出会えた子は幸せである。

 但し、教える側も、成果が出ないと直ぐに契約打ち切りの条件とすれば、大分変化がでるかもしれない。私も非正規雇用の『講義業』を経験しているが、2回目のお座敷を得るための緊張感が、自分を鍛えてくれたと思う。

| | コメント (0)

2009年6月26日 (金)

便利すぎる世界での勉強の必要性

 前から書いている、便利すぎる世界での仕事の仕方に関して、具体的な例で話しをしてみよう。例えば、身長と体重のような2つのデータの関係を、調べてみよう。

 この両者がどの程度関係が深いかは、相関係数を求めると判る。さてここで現在ならどうするであろうか。一番手っ取り早いのは、両者をEXCELの表に打ち込んで、相関関数CORREL()を使うことである。そして、両者の関係は回帰関数 LINESTを使って、予測することができる。

 これは知っている人間には直ぐにできる。しかし
   「相関係数とは何か、回帰関数とは何か?」
と言うことを理解せずに、これを遣うことは難しい。しかもその意味がわからないので、応用が利かなくなる。相関や回帰と言う概念を知らないと、EXCELの関数を探すこともできない。しかし、できる人間は直ぐにできてしまうので、この作業の標準時間は非常に短くなる。

 このような環境で、大学卒業の技術者と言われる新人は、苦しい戦いを演じることになる。

 パソコン出現前なら、例えば、

確率・統計入門 確率・統計入門

著者:小針 あき宏
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

の第4章の例題を見ながら、手計算でデータを処理して、こんなことをやっていると理解する時間があった。今の新入社員は、このような基礎知識を自分で身につける必要がある。

| | コメント (0)

2009年6月25日 (木)

大学3年生での就職活動について

 今回の就職難時代を迎えて、大学3年生から、インターンシップと言うことで、就職活動をはじめている向きもあるようだ。遊びほうけた学生生活よりは、目的が確りしていて、良いような気もする。

 しかし、少なくとも工学部の学生は、この3年の講義を無視してはいけないと思う。前にも書いたが、例えば車の制御を行う場合に、制御理論や高度な電気回路の理論は、たぶん大学3年ぐらいで学ぶはずである。この段階の知識をきちんと身につけていないと、現在の高度技術応用製品は理解できない。

 もっとも、大学で講義聞いて学ぶのでは、時間がかかりすぎるので、自分で教科章を集中して読みぬく。これなら、10時間ほどで2単位分が身につくかもしれない。それぐらい自力で勉強する人間を、企業は欲しがっている。

 「従って、3年からの就職活動は、本当にできる学生を
  選別する、すぐれた仕組みである。」

と言うような、冗談を信じる様では、社会の荒波にのみこまれてしまいますよ。

| | コメント (0)

2009年6月24日 (水)

新入社員の取り扱い方法

 日経ビジネスAssocieのHPに面白い記事が乗っていた。http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20090622/161911/?P=1

 今年の、新入社員は、
  「どうして私が採用されたか?」
と質問が多いということである。若い人たちと接した感触からは何となく納得する。さてこれで、昔の先輩や上司なら、このような答えが返ったのではと思う。

  「フーム、採用枠が余っていたんだろうね。」
  「採用者が二日酔いで間違ったんだろう。」

この言葉の後ろには、

  「とにかく、採用されたのだから、これから頑張れ。過去は関係ない。」

と言うフレーズが、秘められていた。

 しかし、上のような言い方をすると、まずバブル時代では、

  「せっかく来てやったのに、無礼である。辞める。」

と言う反応になる。しかし現在は、就職難を反映し、

  「やはり駄目ですか。僕の将来はない~~」

と、自分で泥沼に落ち込んでしまう。又は、パワハラで訴える。等の結果しか生じない。

 現在の子は、自分を評価して欲しいと言うが、『良い評価』しか受け入れない。社会人教育では、

  「悪い所は、直せばよい。そして次の成長に期待する。」

と言うメッセージをきちんと送ることが最初である。

| | コメント (0)

2009年6月23日 (火)

年金の運用について

 年金制度が無事運用できるためには、その社会が高度成長を続けるか、今までの掛け金を、上手に投資できて収益を上げる対象が必要である。さて、ここで、投資のプロと言うものが、どれほど存在するのであろうか?

 アメリカの失敗も、この『投資の専門家』と称するものたちの罪である。特に、金融工学などと言う怪しげな、数学もどきで売り込んだりしている。

 数式が、時々自然現象や、社会現象に合う時がある。それを見て、世界を予測できると思い上がってはいけない。

 

| | コメント (0)

2009年6月22日 (月)

技術者の多忙の一要因

 現在の若手技術者は、多忙である。その原因の一つには、自分の担当している業務の奥にある、技術要素を理解するのに、時間がかかると言うこともある。この背景には、現在の製品が高度な技術を基礎として、成立していることがある。30年前には、電機メーカーでも、
   「オームの法則だけ知っていれば、技術的には十分」
と豪語しているつわものが沢山いた。しかし現在では、一寸したモーターの制御でも、
   「やれクラーク座標に変換して」
と言う風な話しが出て来る。もっとややこしくするのは、設計支援環境に、このようなモデルが組み込まれている場合である。この時記号の意味は、判る人間にしか判らない。

 さて、これを本当に理解しようとするなら、大学の電気工学の教科書から、送配電の教科書を探しても少し書いているだけである。そこで、インターネットで調べると、断片的に情報を入手できる。しかしこれを理解するには、また別の情報を探すと言うことになる。

 このような、一つのものごとの後ろに多くの知識が隠れており、しかもそれは時間をかければ勉強できる。従ってまじめな人ほど、勉強の罠にはまってしまう。

 このような状況に対し、私が提案するのは、目的を明確にして、必要情報を探す勉強法を身につけることである。例えば、モーターの制御と言うことで考えてみる。このためのモデル考える。そして、使っている、クラーク座標系に関して、必要な範囲で理解する。このような経験も有効ではないかと思う。

| | コメント (0)

2009年6月21日 (日)

権力の使い方

 物言う株主と言う話しは、アメリカのバブルはじけで、少し力を失ったように思う。しかし、彼らの『金』がないと、会社の経営がうまく行かないのも事実である。このような、『金』と言う力を適切に使うのは、当然のことだと思うが、それが当然といえないのが日本の特徴である。

 ここでもう一歩踏み込むと、『金』を調達するのは、本来銀行の仕事である。現在の日本の銀行は、『金』を上手に貸し出して、企業を育てるのが、下手ではないかと思う。金融工学などと言う、変な幻に振り回されているのではないか。力を持っているのだから、適切に使って国中の企業を育てることも、責任範疇ではと思う。

 さらに拡げると、この国は権力の使い方が、下手だと思う。権力を支える、見識・論理性・説得性と言うようなものが、欠けている。辞任した、元大臣の言動には、衝動的発言は感じても、論理性のかけらも感じない。このようなレベルの人間が、国政のトップにいると言うこと自体が、何か危ういように感じる。

| | コメント (0)

管理職の基礎教養について

 前の記事では、新入社員のレベルで必要な能力について、議論した。今回は、管理職の段階で必要な能力を議論してみたい。

 まず管理職の仕事は、公正な評価である。このためには、仕事の内容を細部に立ち入らずとも、概略を理解することが、必要である。更に、ビジョンを示し、計画を立てる。そして、実行状況を見て、危機介入を行い、部下に必要な助言を行う。このような仕事が、できるように自己研鑽を積まないといけない。もう一つ大切なことは、組織の秩序を作り上げることである。

 秩序を維持するものは何であろうか。私の考えでは、『法』である。そこで、管理職になった人は、「法学」を一度見直して欲しい。

 ただし、学校の法学の教科書には、少し私も抵抗がある。それは、文書中心での研究に偏りすぎているように思う。御成敗式目は、武士用と書いているから、法学の入門書から、外れている。しかし、固有法としての御成敗式目は勉強して欲しいと思う。

 特に、規則や作法がナゼ生じたか、ナゼを追求して理解した上で、新しい規則生み出すようにして欲しい。

| | コメント (0)

学士力に関して再考

 前に、学士力について書いたが、もう一度就職後の仕事に関連して、どの力が必要か議論してみたい。http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_a1b7.html

 まず、異文化コミュニケーションについては、学校社会から、企業社会、しかも企業には社内だけでも上司の立場、現場の立場、スタッフの立場と多様な文化がある。これを理解することができないと、話についていくことができない。更に色々なお客様がいらっしゃる、このような、多様な文化の社会を理解し、コミュニケーションをとることが必要である。

 このような、異文化コミュニケーションには、一般意味論の抽象の梯子の発想が、役に立つと思う。http://homepage3.nifty.com/manabizz/Shikou.htm

 しかし、これだけではない。特に工業製品は、設計段階で大学の基本的な知識を、駆使してものを作っている。これは理論の実用化が進んだと言うことである。30年前では、机上の計算では及ばないところが多く、現場での経験でものを作る要素も多かった。しかし、現在の計算機普及状況では、30年前の高度数値計算は、EXCELの数式を少しいじって、実現することができる。例えば、
  「一寸データが取れたので、フーリエ級数を取ってみたら
   第13高調波が異様に大きかったです。これですね。」
と言うような議論が、気軽に行われる様になっている。

 このような状況では、基礎になる数学・物理学から機械工学・電気工学・電子工学の知識を確り理解し、使えるようにしておかないといけない。昔は、この知識をプログラムに落とす過程で再勉強の機会もあったが、現在はEXCEL関数に埋め込まれているなら、即座に使わないといけない。

 こう考えると、大学の専門科目の基礎知識を確り理解していないと、生き残れないようになっていると言うことが、よく判ると思う。

| | コメント (0)

2009年6月20日 (土)

電子工学の変化(もの造りの観点で)

 電子工学の進歩の影響を、少し考えてみた。40年ほど前では、アマチュア無線でも自作派がまだ市民権を持っていた。当時の回路は、単品のトランジスタによる増幅回路や、真空管の回路が主体であり、自分で半田付けしながら組立てることが可能であった。さらに、トランジスタ自体は、個々のばらつきが大きく、自分でCR定数を試行錯誤で調整しながら、動かしていた。この場合の、基礎理論は、工業高校のレベルでかなりの所まで理解できていた。従って、アマチュアの設計もかなり確りしたものとして評価されていた。

 さて現在を見てみよう。まず電子回路は、アナログでもIC又はLSIの演算増幅器が主体である。更に、個別部品も微小化し、パターンも細密化している。ここで、演算増幅器の場合は、回路の動作は精密なRCなどの定数で決まり、設計どおりの動きをすることが可能になる。しかし設計には、ラプラス変換等の大学のレベルの基礎知識が必要になる。更に、動作周波数が高くなれば、分布定数回路としての扱いが必要になり、プリント基板のパターンにおいても、偏微分方程式を解く必要がある。このような設計は、CADシステムのシミュレーション環境のある、専業メーカなら容易にできるが、素人の手出しはますます難しくなってくる。本日本屋で、アマチュア無線のCQ誌を見たら、回路用のプリント基板が付録についていた。

 このように現在は、アマチュアのもの造りが、どんどんできにくくなってきている。子供のころに、自分でものを作り、試行錯誤で動かした経験がない世代が、会社に入ってもの造りに向かせるのは、昔と違う仕組みが必要だと思う。

| | コメント (0)

日本に欧米的思考法を持ち込む危険性

 昨日は資本主義の成立に関して、キリスト教の選民思想が、日本では影響が少ないので、ヴェーバーの言う所と違うと、書いた。しかし、この外にも、この国の制度に、欧米思想を持ち込む時に生じる差異について、今度は法律に対して考えてみたい。

 『法学の基礎:団藤重光著有斐閣』を読むと、法は民衆の主体的な意思で生まれたものであり、「お上から与えられたものではない」とある。確かに、欧米の民主主義は、王権と民衆の戦いから育ってきたものである。しかし、日本の法律を見ると、対立思想とは別のものが動いたように思う。

 まず、日本で独自に生まれた法律として、鎌倉時代の御成敗式目について考えてみよう。これは、文言だけ見ると、武士間の法律であり、一般民衆に影響が及んでいない様に見える。しかし、江戸時代には手習いの教材として使われるなど、一般民衆にも影響が大きい。さて、この御成敗式目は、武士間の争い、特に土地の所有や相続に関する争いを、幕府が正しく裁くために作っている。つまり、武士と言う戦闘力のある集団間での、武力での解決を禁止して、『お上に任せる』仕組みづくりである。

 その後、戦国時代を経て、皆が武力を持って自己の意思を通す世界が出現した。特に神社仏閣も僧兵を持ち、十分な戦闘力を持っている。この世界を、平和に導いたのは、織田・豊臣・徳川の兵農分離や、宗教団体の武装解除である。特に、宗教に関しては、排他的な思想を、特に嫌っていた。日本の教育は、キリスト教禁止ばかり述べるが、日蓮宗不受布施派に対する弾圧も、見逃すことはできない。

 このような伝統があるので、日本の『お上依存』の発想は、かなり根深いものがあると思う。西洋の革命論ばかり見ていると、何か見落としがあるのでと思う。

法学の基礎 第2版 法学の基礎 第2版

著者:団藤 重光
販売元:有斐閣
Amazon.co.jpで詳細を確認する

日本的革命の哲学 (NON SELECT 日本人を動かす原理 その 1) 日本的革命の哲学 (NON SELECT 日本人を動かす原理 その 1)

著者:山本 七平
販売元:祥伝社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 

| | コメント (0)

2009年6月19日 (金)

日本の資本主義精神は何が支えるのか?

 ヴェーバーの『プロ倫』では、プロテスタントの選民意識が、創成期の資本主義を推し進めたとしている。そこで、日本の宗教の働きを考えてみた。日本の宗教は、多様化しているが、まず日本仏教で考えてみる。まず、信徒が多い浄土真宗では、
  「善人なおもって往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」
と皆が救えると言っている。また、真言宗や華厳の教えでは、皆に毘盧遮那仏の力が働くと説いている。一方、日蓮宗などでは、法華経を信じるものと、信じないものは差別しているが、どうも
  「選ばれた」
と言う発想は、あまりないように思う。

 もう一つ言えば、ヨーロッパの狩猟文明は、最後は個人の技勝負になる。一方日本の田植えでは、横一列での進行となる。

 こう考えると、日本の資本主義と言うか産業の進歩は、横並びに欧米を追いかける、明治維新や第二次大戦後の復興期こそ、力を発揮したのではと思う。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫) プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

著者:マックス ヴェーバー
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0)

2009年6月18日 (木)

子どもの学力を伸ばすために

 今日のNHKのクローズアップ現在で、「10歳の壁を克服せよ 脱暗記」を取り上げていた。現在の子ども達は、いじりすぎた教育制度を受けて、あまり本当の能力が上っていない。特に、早くしろとばかり言われて、本質を考え抜かなくなっている。

 この対策は、言語による思考力を大切にすることであろう。しかし、ここで気になるのは、日本の国語教育の現状である。

 本当に必要なものは、論理的思考力、特に一般意味論の「抽象の梯子」を確り理解して、使いこなせる教師の養成ではないかと思う。

 特に、論理的な討論は、教師に対する反論も生じる。それに耐える教師と言うか、教育システムが重要であろう。

| | コメント (0)

2009年6月17日 (水)

演習問題の活用について

 良い教科書には、確りした演習問題がついている。これを解くことは自分の力を評価するだけでなく、知識の使い方を確認する効果がある。これを実行するためには、単に答えに至るだけでなく、その過程を自分で納得して進める必要がある。

 そのため、問題を解く過程をきちんとノートに書く。その後、適宜自分の知識で解説を加えていく。このように、教科書の例題より解かり易い解答集を作れば、実力向上に役立つ。

 正解合わせを超える、演習問題の理解が、使える知識への一歩となる。

| | コメント (0)

2009年6月16日 (火)

文章の読みは、異なる世界観の理解力

 日経BPのホームページで面白い記事を見つけた。http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090611/197321/?P=1
新入社員が、会社の文章を理解できないのは、その脈絡を理解していないからである。そのためには、文章全体を見ながら、脈絡まで理解しないといけない。

 関連して、大学の先生は、聞き手の状況を配慮して話すが、会社では上司の気持ちを読みながら、解読しないといけない。このように、社会での文章理解は、書き手の世界観を理解しながら読む必要がある。

 この発想は、今まできちんと意識していないが、納得のいく話しである。更に一般意味論の発想を加えると、もっと見通しがよくなるように思う。

| | コメント (0)

2009年6月15日 (月)

自分の就職に失敗してキャリアコンサルタントになる

 あるところで聞いた話しであるが、就職活動に失敗した人が、しかたなしに
   「キャリア・コンサルタントの試験を受けて、合格した」
と言うことがあるらしい。確かに試験に合格する勉強は、あるレベルに到達すると、結果がでる。一方、就職活動は相手があり、相性の問題もある。しかし、自分ができないことを、人にアドヴァイスする"コンサルタント"は、一寸恐い気がする。

 これ以外にも、IT分野でもコンサルタントになりたがる、若手がいると聞く。確かに、高学歴の知識を使うなら、自分でもの作りするより、他人を動かすコンサルタントが、似合うかもしれない。

 しかし、実務のできないコンサルタントは、どこかで失敗するのではと思う。

 ちなみに、私のアドヴァイスを受けて、就活が無事終わった人はいますよ。(苦笑)

| | コメント (0)

2009年6月14日 (日)

PDCAの成功と管理職の役割

 PDCAについて、何回か書いたが、向上心と一体になった、PDCAによる常時改善は、一つの成功パターンである。この成功のために、管理職の果たす役割を考えてみた。

 まず、基本は組織構成員の安心である。これは、正当に評価されているという信頼、前向きの失敗なら、否定されないと言う安心がある。チャレンジした時に、失敗時の責任を負わされて、責められた経験した者は、まずチャレンジなどはしない。

 次に大切なことは、適切な計画の設定である。現状より少し背伸びした計画にする。この『少し』が重要である。士気の高い部下は、
  「無理は実現しようとする」
が、
  「無駄な抵抗は止める」
  「無理を通しても道理も引っ込まない」
と言うことを知っている。そこで、部下の力を正しく評価し、少し上の目標を設定する。これが管理職の役割である。このためには、仕事の本質を広い目で見抜き、問題点の見通しも持った上での計画でないといけない。

 さて、実行時の支援も重要である。管理職の仕事は、部下に報告させるのではなく、助言を与えることにある。これを誤解してはいけない。ひどい管理職になると、報告書作成だけで、部下の時間を奪っているものもいる。話を戻して、適切な助言を行うためには、どうしたらよいであろうか?

 まず、仕事の細部に関しては、はじめての仕事の訓練期間以外は、当然部下の方がよく知っている。この段階の助言は、あまり必要ではない。管理職として行うべき助言は、部下より広い視野からの、助言でないといけない。特に他部門との調整を含む意見や、他の部門の利害関係は、上位ほど見えるものである。また、今までの経験で、見えてくることに関しても、発言すべきである。

 なお、部下が意見を求める場合には、迷っている場合も多い。どちらが良いか、ある程度納得のいく説明を行うべきである。また、結論が見えないときには、部下の判断に任せることもあるだろう。その時も、
  「失敗したら責任は私が取る」
と支援の言葉を添えることが重要である。また、設備などの調達は、管理職の権限が必要な場合も多い。このような支援も部下を気持ちよく仕事させる手段である。

 そして失敗したときの、フォローが管理職の出番である。きちんとした支援と、部下の精神面のケアを行えば、次の成功に繋がっていく。

 なお、報告書作成に関しては、育成のために作成させることもある。例えば、計画未達成の原因を本当に掴んでいないなら、ナゼナゼ分析などを書かせてみる。特に一般論まで拡げて、真因にいたる追及を経験させる。このための報告書地獄なら、一度は経験させても良い。

| | コメント (0)

アメリカの経済危機に関して思うこと

 アメリカの経済危機に関して、少し思うことがあるので、忘れないうちに書いておく。

 まず、投資ファンドの存在である。経済的に成熟し、自分達で物作りするには、人件費が上りすぎた社会で、多くの高学歴で高給を要求する人間を、食わせるためには、物作りで稼ぐより、投資で稼ぐ方が手っ取り早い。しかも、高齢化社会を考えると、自分は働かず、資産を運用して生活の糧を得る人は多くなる。

 ここまで書いて、この話しは、日本でももっと当てはまりそうに、思えてきた。確かに、アメリカより早く、バブルを経験した我が国であるが、今後の高齢化社会を考えると、投資についてもっと真剣に考えるべきであろう。特に、発展途上への、マイクロクレジット的な援助投資も、活性化すべきであろう。フォスター・ペアレンツの制度のように、小額でも途上国での起業家を援助する仕組みを作るのも、有効ではないかと思う。

 次に目に付くのは、自動車ビッグスリーの実質上の倒産である。これは経営責任と一言で言える問題ではないと思う。アメリカの場合は、労働者の組合が強く、賃金も最後まで落とすことができなかった。外国人労働者の安価な労働力に対し制限をかけていた。

 さて、日本の経営層を見ると、経営努力のなかに、海外の安価な労働力を目当ての生産シフトや、非正規労働者による賃金抑制が比較的大きな要素を占めている。私も今までは、経営者にとって、安価な労働力に頼るのは、麻薬と考えていた。

 しかし現実問題として、安価な労働力を豊富に持つ中国が、国際社会で力を持った現状では、会社を潰さないように、人件費の削減を考えるのも、ぎりぎりの判断としては必要に思う。

 ここまで来ると、マクロな政策で、非正規雇用労働者の生活安全を図る手段を、考えないといけない。しかし、高学歴者が多すぎる現状は、難しいものがある。 

| | コメント (0)

2009年6月13日 (土)

素質と才能(やり遂げる能力)

 海堂尊著の「ひかりの剣」を読んだ。なかなか面白い。特に、『素質』と『才能』の違いを良く書いている。(第2章p39、第4章p75~p79)素質と才能の違いは、剣道のような体を動かす場合で、説明するのが理解しやすい。

 素質は、筋力がある・敏捷に動ける・動体視力にすぐれるなど、基礎的な力が身に付いていることを示す。

 才能は、その素質を、実際の実力に結びつけるために、努力を方向付け、やりぬく能力である。ある中国武術家は少し皮肉を込めて、
   「才能の中には本当の師を見抜く力も含む」
と言っている。

 子どもの時に天才と言われた人、彼らは素質に恵まれ、それをよき指導者に導かれて、他の子ども達より抜きん出たのであろう。しかし、彼らが大人になってまで、天才の立場を維持することはまれである。

 これに関して、ある書評では、10,000時間の訓練が一つの条件と言っている。http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20090611/197306/?P=3

宮本武蔵も、「千日の稽古を鍛とし万日の稽古を練とす」と言っている。大学でも、学部4年と博士課程前期の3年で、一心に勉強すると、10,000時間を越える。この時何かが変る人間がいるのも確かである。ただし、正しい向きと言うのが条件である。正しい方向を見定めるのが、『才能』かも知れない。逆に、『師』と決めた人に、疑わず一心に従う。これも才能の一つかもしれない。

 最後に、「ひかりの剣」の剣道の試合のシーンは、作者の経験に裏付けられているのだろうが、どうも納得がいかない。正しい面撃ちと、右肩に外れた打ちが同時になっても、正しい面打ちに一本を与えるのかな?スポーツなら良いが、真剣勝負ならどちらも死んでいる。(もっとも真剣勝負なら、肩のところには和紙を濡らし貼り付ける早着込みなどの手はあるが・・・)特に、切り落としは、真っ向から入って、自分の体に触れないように落とすのが大切と思う。また、某漫画では、「前の試合で右肩に竹刀を受けたので、切り落としは使えない。」と言うシーンがあった。この話しは、切り落としの難しさをよく語っているように思う。 

ひかりの剣 ひかりの剣

著者:海堂 尊
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0)

実用になる論理思考の訓練法

 論理的な思考方法の有効性は、色々な人が述べている。しかし、実際の仕事では、論理的な考えは、失敗したり困ったことになることが多い。ヴィーコの、

「正しいものは作られたもの」

と、一般意味論の

「地図は現地ではない」

を合体させると、

「理論は現実に適用するときには、間違う可能性がある」

と言うことになる。つまり、狭い意味での論理ばかりを振り回すと、現実の複雑さに対応できなくなる。そこで、実用に耐える論理的な思考方法の訓練法を考えてみた。

STEP1 まず基本の三段論法を確りマスターする。三段論法に関しては、以下の資料を参考にして欲しい。

http://homepage3.nifty.com/manabizz/sandanronpou.pdf

STEP2 このような三段論法を使えるようにするためには、概念を抽象化してまとめることが重要である。このため、抽象の梯子を知って、現実と抽象の上下を意識する、一般意味論の手法を知る。

http://homepage3.nifty.com/manabizz/Chushou.pdf

http://homepage3.nifty.com/manabizz/Shikou.htm

STEP3 厳密な思考は、手間がかかるので、候補を絞り込むことが重要である。そのため仮説推論(アブダクション)や、類推の手法を知ることも重要である。仮説思考に関しては、パース著作や、米盛先生の本を参考にして欲しいが、以下の資料の12ページからも読んで欲しい。

http://homepage3.nifty.com/manabizz/chap3.pdf

STEP4 現実の問題を解決してみる。この場合全体像のモデルを上手に作ることが重要である。また、確りした検証を行うことも重要である。工学の例で専門家手法のまとめを作ったので、参考にして欲しい。

http://homepage3.nifty.com/manabizz/EngAna.pdf

<参考にした本>

思考と行動における言語 Book 思考と行動における言語

著者:S.I.ハヤカワ
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

哲学思考トレーニング (ちくま新書 (545)) 哲学思考トレーニング (ちくま新書 (545))

著者:伊勢田 哲治
販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

アブダクション―仮説と発見の論理 アブダクション―仮説と発見の論理

著者:米盛 裕二
販売元:勁草書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0)

2009年6月12日 (金)

論理的な思考を実行するために

 論理的な思考が大切とは、皆わかっている。しかし厳密な思考を行うのは、大変な労力が必要である。しかも現実の問題では、学校の問題と違い、正解がどこにあるのか、わからないことが多い。

 そのため、論理的な推論の筋道を少しでも短くする工夫が必要である。このため、以下の様な手段がある。

 1.よく知っている事象から類推を利かせる

 2.全体像を描き、原因結果の両面から探していく

 3.抽象化して一般的な原理で検討する

 4.良い概念装置を使ってまとめ上げる

 5.数式の助けを借りる

 但し、このような手段は、厳密性に欠けることが多い。あくまで正解の候補を見出す手段である。但し正解候補を絞り込んだ後、きちんと検証することで、正しい結果を得ることができる。その時の労力を少しでも少なくするために、候補の絞込みが有効である。

 厳密に考えろと言っても、それを楽にする手段を考えないと、実行に移すことは難しい。実行時の苦労を少なくすることも、新しいことの実現に向かうための必要条件である。

| | コメント (0)

2009年6月11日 (木)

国際化する言語について

 インターネットでは、国際的な言語として、英語が実質の地位を占めている。100年ほど前では、国際的な共通語は、フランス語であったと思う。この2つの言語の運用は、大分異なるように思う。

 フランス語はきちんと規則が決まり、厳密な言語として、相互の意思疎通ができるようになっている。そして、国の制度として言語を守っている。

 一方、英語の方は、アメリカ英語であり、本来のEnglish とは大分変化している。インターネット上でも、どんどん簡略化している。そして、微妙なニュアンスなどを、なくすようにして、ネット上で使えるようにもっていくと思う。

 これは、デファクトスタンダードの進め方とも通じると思う。

 

| | コメント (0)

2009年6月10日 (水)

理論だけに閉じこもらないために

 ここしばらく、学校的な世界に過剰適応し、教科書的な世界に閉じこもった人の弊害について書いてみた。その状況を、一般意味論で言えば、
  「地図だけで考える」
と言う状況である。

 そう考えると、対策は明快である。地図と現場の突合せを常に考えればよい。抽象の梯子を下ることで、理論と現実の対応を考える。当然、現実は多様であり、理論どおりには行かない。そのような経験を踏まえて、理論の生かし方を知れば、本当に使える知識を得たことになる。

| | コメント (0)

2009年6月 9日 (火)

言行一致は良いものか?

 現在の日本の道徳では、一般に「言行一致」は、美徳とされている。しかし、中国の古典では、「言行一致」は小人とされている。

 考えてみると、「言行一致」の裏側には、
   「自分の信じているものが完全である」
と言う思い込みがある。しかし現実には、色々な側面があり、自分の間違いの可能性がある。従って、「自分の言っていること全てが正しい」と言うのは傲慢そのものである。一方
   「絶対に正しいことしか言わない」
と言うことなら、何も言わないことになる。

 こう考えると、「言行一致」と言うことは、あまり良いこととも思えなくなった。しかも現在の学校社会に、過剰適応すると、『言行一致』で現実の複雑さに目を向けなくなるように思う。

 ゆとり教育の弊害にはこんなものもあるように思う。

| | コメント (0)

2009年6月 8日 (月)

中途半端に成果が出る

 前から、ゆとり教育に関して書いているが、ゆとり教育の教科書体系自体は、よくできているのではと思う。逆の良くできすぎていると言うべきであろう。教科書体系の外に出ることができないような子どもを、これほど作ったのだから。

 このような中途半端に見えたものを、完全と思い込むと、それ以降の進歩がなくなってしまう。

 不完全な教育体系の方が、今後の謙虚さと拡張を呼ぶために良いように思う。

| | コメント (0)

自分の専門に閉じこもる?

 今朝の朝日新聞に、サイエンスライターの竹内薫氏が、

「自分の中にそびえたつ理系、文系の壁を越えてみよう」

と言う話しを載せていた。確かに文系と理系の壁は大きいと思う。しかし、応用と基礎の壁は、余りにも低すぎるように思う。基礎的な哲学に関して、色々と口出す人も多いし、基礎分野の人が、応用分野に口を出すことも多い。

 もう少し、基礎分野だけの専門性があっても良いと思う。

 

| | コメント (0)

いえないけれど困る

 世の中でお付き合いしていて、一番困ることの一つは、
  「何処が悪いと、言っても判ってもらえない人」
である。こちらが困っていることの、根本を理解しないで、部分的な話しばかりして、直したと言ってくれる。このようなパターンが一番困る。

 このような時は、とりあえず他の目に付く所で困ったと言う形になり、あら捜しの繰り返しになる。

 困る話しでも、暗黙知が存在している。

| | コメント (0)

2009年6月 7日 (日)

パワハラ対策としての外部講習

 日経エレクトロニクスの講座記事の中に、面白い指摘があった。

注1)上司から見ても,外部の研究会は有効です。最近は,自分の部下を厳しく育成しようとすると,上司が部下や周囲の人に誤解され,“パワハラ”(パワー・ハラスメント,権限を悪用して嫌がらせを行うこと)と言われかねません。技術者交流の場となる社外の研究会などの方が利害関係がないので,厳しく指摘しやすいことが多いものです。

http://techon.nikkeibp.co.jp/article/LECTURE/20090514/170115/

 最近のパワハラ対策では、部下に対して、
  「こんなことも知らないのか!」
と言うことは、パワハラになるらしい。なんともやりにくい世界である。

 しかし逆に言えば、この程度のことに耐えることで、成長可能性を示すこともできる。撃たれ弱さと、改善可能性は就活の大きな武器になると思う。

| | コメント (0)

2009年6月 6日 (土)

本の読み方について

 近頃ヴェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を誤解している向きがあるように感じる。ヴェーバーは、
  「プロテスタンティズムの厳格な倫理的な圧力が、
   勤勉を強制し資本主義の成立に役立った。」
と言っているのであって、
  「資本主義の経営者が、高度の倫理観をもつべきである。」
等とは言っていない。ましてや、
  「高額の報酬を求める倫理観のない人間の否定」
等は言っていない。

 そもそもヴェーバー自身は、プロテスタンティズムの厳格な倫理の被害者であり、本当に肯定的か疑わしいものである。表題にある、『倫理』と言う言葉にだけ反応しているのでないかと疑ってしまう。

 少なくとも下の2冊を読んで、意見を言った方が良いと思う。もっとも、この本でも翻訳に対する異論はある。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫) プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

著者:マックス ヴェーバー
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

マックス・ヴェーバー入門 (岩波新書) マックス・ヴェーバー入門 (岩波新書)

著者:山之内 靖
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0)

教育の責任

 京都教育大学の学長が、集団強姦事件の記者会見で、
  「教育的配慮」
を連発していた。

 ここで気になるのは、教育と言うのは、対象者を良くする活動である。そこで、このような犯罪者に対する「教育」と言えば、少なくとも
  「このような犯罪を再発しないような人間にする」
ミッションがある。このようなこと実際にできるのであろうか?医学部でもあれば、虚勢手術など抜本的な解決ができるかもしれないが、現状は、いわゆる教育としての、お説教をしただけで、終わるであろう。

 そこで、教育したと言う人間が、再度犯罪をした時に、教育した人間も責任を取るのであろうか。このような覚悟もなしに、犯罪と言う重い問題に、教育的などと言う言葉を、軽々しく使うべきではない。

 なお、今回の大学の動きをみると、このような犯罪を犯す人間は、アルバイトとして「教育的な仕事」に従事することを、禁止している。しかし、一般の職業でも、女性が多く従事しており、被害者になる可能性は大きい。教育関係の大学では、教育関係の仕事を重視し、一般企業は軽く見ているように感じる。このような、危険な学生の就職先は、一般企業へと、大学が指導しそうで心配である。

 

| | コメント (0)

PDCAを使えるようにするために

 仕事を改善するためには、
   「PDCA(Plan-Do-Check-Action)のサイクルを回すことである」
とよく言われている。

 しかし、実行するときには、
  「何処でチェックし、どう改善するか?」
で迷う時が多い。

 そこで一つ考えて欲しいのは、PDCAのループを一番手近な、一つ一つの業務実行に対する、反省改善を内側のサイクルとし、経営戦略の見直しの、一番外のサイクルまで、入れ子構造を考える方法である。このサイクルが、きちんとした入れ子になれば、PDCAは上手く作用する。

 サイクルが入り乱れる時は、業務の分担がうまく行っていないことが多い。但し、内部のトラブルが、外部まで影響することは当然ある。また、上位の判断ミスを、下位(内側)の責任にするのも間違っている。責任がどこにあるか明確にして、PDCAのサイクルを美しい入れ子にすれば、仕事が上手くいくと思う。

| | コメント (0)

2009年6月 5日 (金)

禅について思うこと

 昔は、若い『知識人』がかぶれるものとして、「マルクス」と「禅」があった。しかし、彼らの求めているものが、本当の「禅」だったのだろうか?彼らの求めた「禅」は、知識過剰の論理を少し離れた所で求めているように思う。左脳的思考を補う右脳的思考を求めているようだ。

 しかし、実際の「禅」の教えは、もう少し神秘的な要素が入っているように思う。確かに、禅の教えには、「魔境」を禁じると言うことで、各段階で生じる神秘的なものを押さえている。そして、公案の話しなどを聞くと、ある種の超越的な論理を感じることもある。

 しかし、白隠禅師の「延命十句観音経霊験記」等によると、もっと素直に御仏の教えを信じその姿を求める、「正しい神秘」を求めるものではないかと、思ってしまった。

 そのような観点で見ると、顕教の代表的経典である法華経も、お釈迦様の姿を見るための瞑想のお経に見えてくる。

白隠禅師法語全集〈第6冊〉八重葎(巻之2)延命十句経霊験記 白隠禅師法語全集〈第6冊〉八重葎(巻之2)延命十句経霊験記

著者:白隠 慧鶴,芳澤 勝弘
販売元:禅文化研究所
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0)

2009年6月 4日 (木)

お互いが尊敬しない関係

 前にも書いた気がするが、わが国と中国の関係は、どうもうまく行かないように思う。現在は、多くの物作りを中国に依存しているが、
  「中国では安く作る。安い人件費の供給源である。」
と言うような、見方が多いように思う。つまり、中国に対して、上からの目線でものを言っているように思う。

 しかし、歴史を見てみると、日中国交正常化のとき、中国の周恩来首相が、
  「言必信、行必果」
と、当時の日本の田中角栄首相に送っている。

 この言葉は、後に
  「このような人は小人」
と言う付録がある。少なくとも一国の代表に対して言うべき言葉でない。

 お互いが、相手を見下す関係は、うまく行かないように思う。

| | コメント (0)

2009年6月 3日 (水)

現在の教育で一番不足しているもの

 ここ数日、ゆとり教育の弊害について書いたが、今一番必要なものをもう一度、考え直してみた。

 まず学科で考えると、国語の能力であろう。特に、論理的な文章を読み書きする能力が無い。そして行動特性は、努力すると言うこと、できないことにチャレンジし、くり返し訓練して自分のモノとする。対人スキルも必要であろう。

 このような、基本的なものを、一つ一つ身につけていく。このくり返しが必要ではないか。

| | コメント (0)

2009年6月 2日 (火)

失敗を認める風土

 先日もPDCAを、本当に活かすことについて述べた。言いたかったことは、チャレンジして失敗し、その真因を追求し修正する。そこから進歩が生まれると言うことである。

 そのような、失敗へのチャレンジは、どうすれば行われるのであろうか?まず組織風土が、失敗を許容しないといけない。チャレンジした上での失敗は、しかたないと認める。その上で、皆で助けることが重要である。業務での失敗は、自分と組織の実力向上の過程と、認めることが大切である。

 更に、常日頃各人の人格を重視し、皆がお互いを尊重する風土があれば、このようなチャレンジは進むと思う。

| | コメント (0)

2009年6月 1日 (月)

ゆとり教育世代への対応

 ゆとり教育の弊害について、先日書いたが、彼らを戦力化する立場で、もう少し議論して起きたい。まず彼らは、学校式世界に過剰適応していることが多い。従って、これを上手く誘導すると、その流れに乗ってくることも多い。そこで、指導上のヒントを少し挙げておきたい。

 まず、彼らは傷つきやすい。これは確かである。さらに、自信が無いことが多い。さらに、効率と正解と言うことに、過剰に反応している。

 そこで、彼らに対して指導する場合に大切なことは、
  「これを行えば、自分の力をつけることができ、将来役に立つ。」
と言うことを示すことである。さらに、訓練手段をある程度示すことも重要である。

 もう一つ言えば、彼らの個人の可能性を認めてやることである。安心を与えないと成果は出ない。

 このような指導を行えば、今まで上滑りしていた勉強が、深く突っ込んだ勉強になる可能性がでてくる。試して欲しい。

| | コメント (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »