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2009年7月10日 (金)

ものを理解する能力と創造する能力

 この国のもの造りは、ある形ができたものをすり合わせて、より良いものにしていくことが得意であるこれは逆に、トップダウン的に規則を決めて、モジュール化したもの造りを行うことを、苦手としている。この理由を、歴史的に考えてみた。まず工業の面で考えると、明治維新以降の日本は、西洋のお手本を真似て、物を作ってきた。これは、完成品を見て、それをまね、より良いものにしていく能力である。しかもそれを支える、一般的な教育の普及と、職人の技とがあった。更に、日本語が明治の時代で、物理学や数学などの西洋科学を、翻訳するに足りるだけの、論理構造を持ち、概念も確りしていたことも、大きな基盤である。母国語で、物理学等の最新学問を、学ぶことができるのは、大きな幸せである。そして学問の大衆化と、豊富な職人芸で、既存品を皆で理解し、改善する『擦り合わせ設計』が得意になる。

 さてモジュール化と関連して、もう一つ大切な基礎がある。それは、規則や法の構築能力である。日本の場合、律令も明治以降の憲法も、どちらも海外の模範を真似たものである。つまり、一から法律体系を自分で作ったものではない。固有法として代表的なものの、『御成敗式目』も、最初から体系的に作ったものでなく、経験的なものを、擦り合わせて作り上げたものである。

 このように、我が国は、自分で一から作り上げるのではなく、他にあるモノを皆でよくしていくことが上手である。逆に、欧米では、技術が大衆化していないので、少数の者が、自分一人で考えた、体系付けて、規則化まで行う必要がある。このような少数が走る方が、モジュール化は上手にいくと思う。

 なお、日本も今後は、モジュール化して国際的な規格を発信する必要がある。そのためには、技術と法学の両方に長けた人材を育成しないといけない。 

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