資本主義経済において、企業の経営のための資金は、社外の投資に依存することも多い。ここで、投資を行う側の方針について、考えてみたい。まず、親戚などの義理がらみで、損益を無視した場合以外は、投資は利益を得るために行うものである。利益を得るためには、投資とその見返りの、評価を行わないといけない。見返りにも、金銭的なものと、それ以外に名声など無形のものもあるが、金銭が一番明確であろう。一方、投資の場合には、未来の不明確のための、リスクを評価しておくことが重要である。
投資のリスクを逃れるためには、大きく分けて2つの方針がある。一つは、投資対象を個別に確り見て、経営方針や市場を確認した上で、投資回収を自分で確認する方法である。もう一つは、投資先を分散し、一部の投資失敗があっても、全体として利益を得る方法である。この方式にも、2つの考えがあり、一つは上記の個別確認したものを、複数持ち、一つの失敗を、他の成功でカバーする方式である。もう一つは、個別の投資対象を、平均的な成功率などの数値でしか見ずに、その集合体に投資する考え方である。金融工学などの発想がこれである。これは物理学で、個々の分子の動きを大量にまとめて、統計量として理解することで、統計力学とした発想に近い。
国家のような、マクロに経済を見る場合には、このような統計量としてみながら、ある程度の失敗も見込んで投資しないと、全体としての進歩の可能性を摘んでしまう。しかし、個々の観察と、失敗時の反省は、成長の基本である。統計量だけを見ていると、肝心なものが見えなくなってしまう。
なお、余談であるが、競馬でこのような統計的手法を使っていた人がいる。これは、中穴戦術と言う方法で、
「人が買いたがらない、馬券は、賞金の期待値が、勝率に比較して、高くなる」
戦術である。言い換えると、
「一番面白くない買い方を、継続していると、全体として利益が出る」
と言うことである。やはり個人は自分の力で、利益を生んで欲しいし、銀行も個別企業の成長性を見て、投資をして欲しい。もっと大切なのは、銀行の指導で、利益が出るようにもって行ってほしい。
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