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2009年8月31日 (月)

選挙予測の正確さ

 今回の衆議院選挙では、新聞などの予測どおり、民主党が308議席と圧勝した。しかし、この予測、当たりすぎているような気がする。このような予測が当たるのは、
  「事前調査がかなり行き届いている。」
  「大衆の心が、あまり変化しない。」
等の条件があるように思う。
 確かに、電話の普及率は高く、それを用いた自動調査が行き届いたことは、一つの要因であろう。また、テレビの当確が非常に早く出ていたが、これは出口調査が行き届いたためとのことである。それだけ、今回のマスコミの調査は行き届いているらしい。
 しかし、もう一方の、大衆の心が変化しないと言う項目も大きい。この理由の一つは、今までの自民党政治に対する、怒りが大きかったのであろう。但し、民衆の思考過程が、論理的になったので、あまり変化しないようにも思ってしまった。

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2009年8月30日 (日)

今回の選挙について

 今回の選挙について、新聞では民主党の圧勝と言う予測が多い。
 しかし実際はどうであろうか?
 何となく気になるのは、今回の選挙で、「自民党」と言いにくいような『空気』が生まれているように感じる。それを生んだ責任の一環は、マスコミにもある。
 そのようなことを踏まえて、本日の結果が気になる。
 もし民主党が250議席以下になるなら、300と言った予想には何かおかしいものがあったと思う。

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今朝の新報道2001を見て

 今朝の新報道2001は、中国経済に関する特集であった。これを見て最初に思ったのは、中国に対して比較的冷静に報道していたと思う。今までは、どこか批判しても腰が砕けていたように思うが、今回はバブルの可能性もきちんと指摘していてよかったと思う。
 しかし、『中国の金で日本の企業全て買える』と言う話しは、1990年ごろバブル時代に聞いた話しのように思う。
 さて、中国の企業について、一つ気になることがある。彼らは、子供のころから、共産主義の教育を受けていたはずである。その中では、『資本家は悪人』、『資本主義の経営者は悪徳』と言う話しを、刷り込まれたと思う。
 そのような教育を受けた人間が、経営したら、本当の悪徳を実行しそうに思うがいかがであろうか。

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2009年8月29日 (土)

組織開発について

 組織開発や活性化と言うことは、よく言われている。しかし、この本質を理解している人は少ない。そこで少し説明を書いておきたい。
 まず、組織開発と関連して良く行われる、ファミリー・トレーニングがある。ファミリー・トレーニングは、ある一つの仕事の関連者が一堂に会し、お互いに話し合いながら、同じ方向を向いた仕事を行うようにする。そして、組織活性化は、色々な手法があるが、相互にコミュニケーションを密にしながら、トップの方針に合わせて、全体として最適な行動をとるような、組織にもっていく手法である。
 組織開発にしろファミリー・トレーニングにしろ、実は基礎にロジャーズの『エンカウンターグループ』の考えがある。エンカウンター・グループの基本発想は、

「人間は自分のことを受け入れてくれる人の前では、善くなり力を発揮する。」

である。これを、理解しておけば、ファミリー・トレーニングでは、まず各人の言うことをきちん聞く。そして、各人の人格は大切にしていることを伝える。そして、組織全体のことを考えるならば、今の仕事の仕方を変える可能性もある。これを皆が納得すれば、組織としてよい方向を向け、皆が変化していく。これが組織活性化である。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4422110489/nifty0b5-nif1-22/ref=nosim

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2009年8月28日 (金)

行き過ぎた専門化の弊害について

 日経BP社のHPに面白い記事を見つけた。http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20090824/176021/
 つまり、有名デパートでの、服の購入は、大人と子ども、男性と女性、しかも大人でも各種年代と、色々専門分割されている。それで、世代を超えたおそろいの服を購入しようとすると、至難の業になる。
 この話し、どこかで聞いたように考える。行き過ぎた、専門化の弊害が生じている。もう一つ言えば、間違ったものを売れば、怒られる。しかし、機会損失は、実体が見えにくいので、怒られることがない。従って自分の専門に閉じこもり、まちがったことは言わないように、余計なことは言わないように、閉じこもっている。
 このような現状が多いのではないかと思う。

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2009年8月27日 (木)

分析と綜合

 新しいものを創造することと、知識や論理的な能力の役割を考えてみた。大きく分けて2つの方向があると思う。一つは、現在の知識から、新しいものが導かれると言う発想である。言い換えると、いまあるモノをさらに細かく分析し、今まで見えていなかったものを見出し、組み合わせて新しいものを作ると言う発想である。この時あくまで、論理的な思考力でモノを作ると言う発想である。
 一方、今までにないものを外部から見出すと言う発想もある。カントはこれを”綜合”と呼んでいる。確かに新しいものを、今の思考の外に見出す。例えば、思い切った仮説を立てる。それを、説明できる事実を集める。そして、全体的な構造を描いてみる。このような手法もある。
 但し、その上で、論理的に確り考えることで、皆が納得のいく論証を行う。このようなきちんとした検証を加えるかどうかで、単なる思い付きと発明の違いがでてくると思う。地道な検証のための努力を見落としてはいけない。
 論理や知識の勉強は、”綜合”思考の一つの道具であって、全てではない。論理の網が確りしていても、網を討つ場所が外れていては、獲物を見つけることができない。ただし網があれば、針で探すよりは、ポイントは多くなるであろう。知識や論理の勉強は、発明の補助としては有効である。 

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2009年8月26日 (水)

労働格差について

 先日役所に手続きごとがあって行ったら、若い子達が窓口でごちゃごちゃとしていた。会社づとめの発想なら、もう少し人に対するマナーや、対話のスキルを身につけて欲しいと思った。
 しかし、このようなスキルは、会社生活で身についたことも多い。彼らが、正社員として確り雇用されて、訓練されているならば今後成長するであろう。しかし、非正規雇用等で、訓練を受けられない場合にはどうなるのであろう。彼らこそ、生活上の種々のスキル訓練が必要なのに、それを教える仕組みが無くなっているように思う。
 昔は、学校に『悪がきの大将』がいて、そこに従うことで皆がそれなりの統率を、受け対人関係なども学んでいた。社会でも、色々な親分がいて、面倒を見ていたように思う。
 しかし現在は、成績で輪切りになり、上位のものからきちんとした訓練を受ける機会にありつけるようになっている。これが一つの格差を生む仕組みではないか。どこかでこれを断ち切るためには、体育会系の訓練や、極端な話しでは自衛隊など厳しい社会に入ることで対人スキルを身につけることであろう。

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2009年8月25日 (火)

地震の誤警報について

 今朝、「緊急地震速報を誤発信した」と言うニュースを見た。今回の、誤発信により、首都圏の交通混乱や、避難体制などで、被害がでたとのことである。
 ただし、このシステムにおいては、検出モレを行うよりは、過敏なぐらいの検出の方が被害が少ないと思う。その場合でも、速やかに検証し、間違いを速く修正するシステムが大切であると思う。
 今回は、ソフトの操作ミスと言うことなので、除去すべき誤りであるが、システムとして間違った時にも早期に修正する仕組みが重要と思う。

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2009年8月24日 (月)

格差社会の意味を考えてみる

 色々な面で格差があるといわれている。確かに、派遣労働を継続し、スキル向上の機会を奪われた場合には、生涯所得が低い状況に甘んじないといけないことが多い。昔は、男女格差が、色々と議論されていたが、どうも単純に議論できるようなものではない。男女格差の対策として、雇用均等法ができたが、どうも厚生労働省のエリート官僚に見えている仕事を中心に、考えているように思う。
 これだけでなく、現在の霞ヶ関が考える施策は、一部の理想的な世界では成立するが、多様な現実の中で、当てはまらない場合が多いように思う。
 格差と言う中には、霞ヶ関の想像力が及ぶ世界と、及ばない世界と言う分類もあるように思う。

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2009年8月23日 (日)

曖昧さに耐える力(危険を冒す力)

 非正規雇用が増える原因について、一つ思いついたことがある。現在の経営者や管理職は、かなり臆病になっているように思う。つまり将来の負担を負うリスクに対して、決断できない状況になっている。日本の雇用制度では、一旦正規雇用で採用した人間が、業務撤退などで不要になったとしても、雇用契約を打ち切るのは難しくなっている。
 従って、正規雇用の場合には、将来ともその仕事が継続し、成長すると言う条件が必要になっている。しかしこの決断を下すことが難しくなっている。更に成果主義の運用で、短期の失敗でも直ぐに撤退などと言うことになっている。そのような曖昧な状況や、リスクに対する耐性が弱くなっているのではないかと思う。
 このような弱さは、一つは学校的な、理想社会に慣れすぎて、失敗に対して弱くなっている。学校的理論の予測がある程度当たりだした。従って、曖昧に本質的に弱くなっている。30年前の天気予報は、信じる方が珍しかったが、現在は降水確率などかなり正確である。このような社会の変化が、曖昧さに弱い、トラブルに対して不寛容な、経営環境になっているように思う。
 しかし、正社員で能力を持つ人材があれば、柔軟に新しい状況に対応し、機会を得ることが多いと思う。現在の経営評価は、機会損失への評価が甘いように思うが、このような要素も評価して欲しいものである。

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暗黙知とIT化

 日本の企業は、社員間の共感など、いわゆる『暗黙知』による伝承に、頼る部分が多くあった。そのような部分は、いわゆる叩き上げの苦労人が、担っていることが多かった。例えば、設計の段階では、機能的な詳細部分は、大学の専門学科卒業の技術者が担当する。しかし、全体構成図を図面化するのは、工業高校卒業のベテラン作業者である。彼らが製図する段階で、おかしいと思ったところは、学卒の若手にフィードバックして教えていく。このような形で、現場の経験が何となく伝わっていった。
 しかし、CAD化などのIT技術の進化は、製図作業を自動化してしまい、このような苦労人の働く場を、奪ってしまった。しかも、技術の進歩に伴い、個々の技術者の専門化は、ますます進み蛸壺化と言うような孤立化が進んでいる。彼らの潤滑油であった、苦労人のリタイヤは、技術伝承の危機になる可能性がある。
 ただし、見方を変えれば、IT技術を使って、このような暗黙知を、見える形にしたり、習得しやすくする仕組みを作ることができる。例えば、CADシステムに組み込む、禁則チェック事項として、従来の事故経験を残すこともできる。また、従来の技術蓄積を、データベース化し、検索機能を付加することで、未経験者に多くのものを見せることができるようになる。
 もっと単純に言えば、報告書や連絡事項のメールも、しかるべき根回し先に、自動的に配布する。これも暗黙知の『見える化』である。
 「IT化してXXが無くなる」
と言う話もあるが、このような使い方も考えて欲しい。

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2009年8月22日 (土)

フローとストックについて

 「はじめての経済学」のコラムで、「フローとストックについて」の項目を読み、一寸違和感を感じた。この説明では、

「1年間に行われた経済活動を全部足し合せた指標のことを一般的にフローと言う」
「ある時点における大きさを表した数字はストック」

となっている。例えば、琵琶湖に1年間降り注いだ雨の量はフローであり、ある時の琵琶湖の水位はストックである。この説明なら、GDPはフローであり、貨幣供給量はストックになる。この考え方は確かに納得がいく。
 しかし、一般のフローのイメージには、1年間の活動をたし合わせると言う項目はないように思う。どうも専門家の使う用語には、注意しないといけない。

はじめての経済学〈上〉 (日経文庫) はじめての経済学〈上〉 (日経文庫)

著者:伊藤 元重
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経済学に関して入門書を読んで

 私は、日経BP社のホームページを結構よく読んでいる。特に、日経ビジネス関係のページは、3年ほど継続して呼んでいる。http://business.nikkeibp.co.jp/

 そこのある記事を見て、経済学の入門書を読んでみることにした。
   はじめての経済学〈上〉 #日経文庫# はじめての経済学〈下〉 #日経文庫#
そこで、私達の世代の、「マル経」と「近経」と言う概念が消滅し、代りに「マクロ経済学」と「ミクロ経済学」となっているのを、初めて知った。これは、「不勉強」と言われればそれまでかもしれないが、大学から離れた人間にとっては、「経済学」に関してこのような認識である。

 私達のような団塊の世代は、「マルクス主義経済学」「マルクス主義歴史学」等等の影響を、大きく受け多教育を受けていた。しかし、社会に出たら、結構市場経済に順応していた。このあたりは、山本七平氏の著作に譲るが、学校で学ぶことと、実用の乖離を植えつけるのに、マルクス主義は大きく貢献したと思う。

 さて、ベルリンの壁崩壊後は、経済学の研究者も大きく変化し、「マルクス主義」の看板を外し、マクロ経済・ミクロ経済と言うことで、社会に対して、発言しようとしているらしい。しかし、長年猛威を振るった、「マルクス主義」の偉い先生方の恐怖は、そんなに簡単に消えるのであろうか?経済学の先生は、
   「祟りを受けないように敬って遠ざける。」
と言うことになっていたように思う。これに対して、恐怖感を払拭した後で、経済学の実用性を、世の中に知らせるのが大切ではないかと思う。特に学生さんたちは、経済学で学んだことで、「大企業攻撃や政府攻撃以外」の「積極的な提案」を出すようにして欲しい。

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2009年8月21日 (金)

奇襲重視の戦術論でよいのか

 歴史小説等で、持て囃されるのは、「桶狭間の戦い」や「鵯越の逆落とし」等の、奇襲成功のパターンが多い。相手に対し、圧倒的に劣勢な兵力が、有能な指導者に従って、相手の予想を裏切って、不意打ちで勝利することは、話しとしては面白いと思う。

 しかし、戦術の検討としては、奇襲に関して重点を置きすぎるのは、余りにも危険だと思う。フラーの戦術論では、 

  • 目標の原則 - 目標の明確化と一貫性の原則。
  • 統一の原則 - 部隊の指揮統制の一元性を保持する原則。
  • 主導の原則 - 先動・先制によって戦闘の主導権を確保する原則。
  • 集中の原則 - 敵弱点への味方戦力を一点集中する原則。
  • 奇襲の原則 - 意外性を伴う行動を行う原則。
  • 機動の原則 - 機動の先制する原則。
  • 経済の原則 - 戦力の徹底節約する原則。
  • 簡明の原則 - 目標・計画・行動の簡明さを保つ原則。
  • 警戒の原則 - 敵への準備・即応対処を準備する原則。
  • と、奇襲以外にも色々な要素がある。特に指導者は、

    「できる限り相手側より強い戦力を集めて、相手の弱点に集中攻撃を行う。」

    「自分の弱点に対しても必要な防御措置を行い、自軍の損害を最小にする。」

    等の正攻法の準備が必要である。奇襲の効果は、確かにあるが、失敗した場合の被害も大きい。しかも奇襲を前提の場合には、補給などの長期的な対策がおろそかになる場合が多い。

     経営者の教育に、奇襲重視の戦術論を使うときは、このような弊害も良く考えて欲しい。新技術によるイノベーションも、奇襲にせずに正攻法で成果を持続させる方法を考えるべきである。

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    2009年8月20日 (木)

    もう少し視野を広く持って欲しい

     コンビニの棚を見ていて、一寸気になることがある。棚にきちんとモノが並んででいる姿は裏側を考えると、非常に恐いものがある。コンビニのように狭い所では、バックヤードからの補充はまず難しい。そうすると、無くなれば直ぐに物を運ぶ体制が必要である。

     そこで、別のニュースを見ると、トラック運転手が、物の到着時間を厳守するために、納入先近くの駐車場で時間待ちをしていると聞いた。しかも、その時はエンジンを切らないといけないので、冷房も効かない焦熱地獄状態らしい。このような、痛みをコンビニの経営者は、知っているのであろうか?更に自分の責任と感じているのであろうか?

     ここで、物流の詳細はコンビニ側では、責任をもてないと言う反論があるかもしれない。それは正しい。しかし経営決断として、許容できる欠品と言うものもあってよいと思う。お客様が本当に必要なものだけ、置いてあればよい。

     更に、弁当の賞味期限ぎりぎりの安売りに関しても、需要の予測が精度良く出来ていないという観点もある。このような経営者の責任をもう一度考えるべきではと思う。

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    2009年8月19日 (水)

    大学3年以下の就職活動のヒント

     コンピテンシーについて、少し考えてみた。コンピテンシーについては、行動特性と言う感触でおけばとりあえずは良いと思う。現在大卒者の採用において、コンピテンシーを重視した面接を行う場合がある。この場合に面接では、以下の様な質問をおこなう。

    •  貴方が経験したことで一番成功したことはなんですか
    •  それはどのような状況でしたか
    •  その時の貴方の立場はどうでしたか
    •  その時どのようなことを考え、どのように行動しましたか
    •  結果はどうでした

    そこで大切なことは、実際の体験を通じて、責任を持ってやりぬく姿勢、難しいものにチャレンジし、問題を解決する執念を持った行動、全般を見通しての行動などの特性を見ている。また、他人との関係も見ている。

     さて、これを考えると、来年以降に面接を受ける皆さんは、今の内に難しいことにチャレンジし、逃げずに問題を最後まで解決する。このような体験をしておくと、面接で話す材料ができてくる。

     今からまだ時間がるのいだから、良い体験を積んでおくことも大切だと思う。そして、逃げずに問題を解決する行動特性を身につけて欲しい。  

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    2009年8月18日 (火)

    裁判員制度が動き出して

     裁判員制度が動き出した。今までの報道結果を見ていると、比較的順調な滑り出しになっているように思う。ただし、有罪無罪についての論争でなく、罪の軽重の議論なので、比較的裁判員の負担は少ないと思うが、適切な質問ができてよかったと思う。

     裁判員制度の一番良い所は、法廷の議論が『法律の専門化の言語』から『世間の常識の言語』に取り戻せたことだと思う。弁護士・検事の両者が、法律屋にしか判らない専門用語で応酬する。このような世界は異常だと思う。これが、普通の言葉に戻れば、世間の人間の評価を受けやすくなる。評価に耐えることは、民主主義社会の基本だと思う。

     しかし、量刑が少し重い目になっているらしい。これに関して、弁護士側から何か文句が出てきそうな感じがある。

    「今まで世間の常識に比べて、量刑が軽すぎた」

    このような発想もあって欲しい。

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    2009年8月17日 (月)

    歴史は連続した時間の中で評価する

     ある番組で聞いた面白い意見として、

    「忠臣蔵を討ち入りだけ見たら、『集団暴行で弱い老人を殺害した。』と評価せざるを得ない。」

    と言うのがあった。確かに歴史の進行は、連続した話しである。従って、一つの出来事を評価する場合にも、その時点だけでなく、過去の経緯や未来への影響も考慮する必要がある。しかもその時代背景を考えて、評価する必要がある。

     昨日も書いたが、日露戦争の軍部指導者達は、戦略的に、

    「身の丈にあった軍を作る」

    と言う意味で、立派であった。私は、彼らの唱えた、『精神論による精兵主義』も、時代の文脈では正しいものと思う。しかし、昭和の代になって、戦争を行った後継者が、『精神論重視の戦術で失敗した』と言うことまで、彼らの罪を問うのは難しいと思う。

     まして、昭和20年8月15日の視点で、多くの先人を批判するのは、間違っていると思う。

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    2009年8月16日 (日)

    日露戦争の終了後の対応について

     日露戦争後の国の指導に関して、少し思うところがあったので、一寸メモを作成してみた。

    http://homepage3.nifty.com/manabizz/Ryojunhiwa.pdf

    軍隊予算の膨張を抑えるために、奇襲重視主義や過剰な精神論に導いたことは、国内統治の戦略としては正しいように思う。

     これを考えると、連合艦隊解散之辞は、本当に名文であるし、後の軍縮条約時に、東郷元帥が『訓練に制限なし』と、軍人を抑えたのは、筋の通った行動である。昔の記事に対し、訂正しておく。

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    最適な資源での経営

     会社生活を振り返ってみると、私の部下に、有能と言われている人材が、与えられたことはほとんどない。見方を変えると、それほど会社から期待されているセクションにいたことは、ほとんどなかった。そのような状況でも、給与を貰っている以上は、結果を出さないといけない。そこで、与えられた人材で、最適の結果を生み出すこと、自分の力で解決出来ることには、できる限り答えを出すようにした。

     私のこのような考え方は、実は右肩上がりの成長時代には、不適当なものだと思う。しかるべき資源を、アウトソーシングして、売り上げをどんどん増やす。この発想が正しいと言われている。しかし、安定成長の時代では、既存の資産を十分に活用して、変動費最低で固定費を活用する考え方が正しい。

     このように状況を考えて、とるべき施策を切り替えることは重要である。しかし基本として、自分の部下の能力をできる限り引き出すのは、管理職の務めである。ただし、組織としてのアウトプットが大切なので、個人のための最適ではない。もう一つ言えば、自分も大きな組織の一員である。それを考え、自分の組織のミッションと、分を考える必要がある。

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    2009年8月15日 (土)

    理想と批判

     世の中には、理想を語る人は多い。しかし、その『理想』が『暴走』する危険性を知って、語る人はどれだけいるのであろうか。10年ほど前にも、

    「共産主義は理想的な政治形態である。従って、北朝鮮による拉致などと言うことはありえない」

    と自党のホームページに載せていた政党もあった。

     理想は、あくまで理想として頭の中で考えたものであり、現実への適用には、種々の障害があると言うことを考えないといけない。

     カントは『純粋理性批判』で、

    『批判と言うことは、理性の限界を明らかにすることである』

    と述べているが、自分の知識の適用限界を心得て、発言し、行動することが大切である。

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    2009年8月14日 (金)

    正攻法を教えないとどうなる

     日本海軍の反省について、考え直してみた。太平洋戦争の日本海軍の戦いは、真珠湾攻撃から、奇襲重視で展開していた。開戦辞の真珠湾などは、航空母艦と飛行機と言う、新兵器の力もあり、米国に対し優位に立つことが出来た。しかしその後、米国に対し、飛行機の優位が崩れた後は、どうしようもなくなってしまった。真珠湾の作戦参謀である、黒島亀人少将が、軍令部第二部長に就任し、特攻兵器を推し進めたことも、新兵器への過度の依存を示している。

     戦争において、相手側戦力より多い兵力を、集中的に投入し、確実に撃破していくのが正攻法である。日本軍は、アメリカに対する国力差と言うことで、正攻法での戦いを挑むことはなかった。強いて言えば、英国の戦艦を迎え撃った、マレー沖海戦は、戦力差を評価した上での戦いであり、正攻法と言えるであろう。この形は、日露戦争の日本海海戦にも通じるものがある。

     さて、現在の経営指導を見ていても、新市場開発や新技術革新の話しが多く出ている。しかし、きちんとした資源を投入して、正攻法で経営を行っている例が、教科書に載る例は少ないように思う。奇襲ばかり称えていると、太平洋戦争のように、実戦経験のない指導者が、正攻法を無視してしまうのではなかろうか。

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    2009年8月13日 (木)

    夏休みの宿題

     近頃は、色々なものが売られているらしい。警察の鑑識キットまで売られている。これを使うと、科学捜査の手法を体験できるので、夏休みの理科の自由研究には、便利なものである。

     しかし、このキットを買えない子どもはどうなるのかな?しかもこれを、使いこなせるだけの勉強は、どうしたらよいだろう。物があっても使い方を考えないと、良い宿題にはならないと思う。それだけの指導ができているのかな。

     一方、このような市販品を使わずに、自分で工夫したことを、もっと評価して欲しいと思う。例えば指紋採集においても、透明の粘着性テープを使うなど、工夫したものを評価して欲しい。その上で自分で何処まで考える。これこそ本当の自由研究であろう。

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    2009年8月12日 (水)

    経済学入門は何処に?

     先ほど経済学を学ぶ必要性について、書いてみた。その後実行しようと思って、近くの本屋に行ったが、コーチングの本や、脳科学の本はあっても、経済の入門書は見当たらない。

     やはり何かおかしい?

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    経済学の視点をもう一度見直す

     社会の状況に関して、色々考えているが、経済学の視点が一つ抜けていた。もう一度経済学の基本を、見直すべきと思う。

     http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090810/202140/?P=1

     しかし私達の時代は、経済学の評判は悪かったな。何しろ、「マルクス経済学」様がのさばっており、経済か宗教か?と言う感じだったから。

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    評価の重要性について

     今朝のNHKニュースを見ていたら、派遣会社が『僧侶』を派遣する話しを、放送していた。そもそも、お盆のお経は、自分で心を込めてあげれば良いと思う。一方、日頃からお付き合いのあるお坊さんで、尊敬できる方にあげて頂くのも、ご利益があってよいであろう。

     しかし色々な事情があり、お坊さんを紹介してもらいたいときもあるだろう。そこで派遣会社にお願いと言う発想もわかる。ただ今回のニュースで、よいと思ったのは、派遣会社の営業担当者が僧侶に同行し、動きを評価していた点である。悪い点もこれで改善されるし、良いと認められれば、僧侶もやりがいが出るだろう。評価を受けないと人間は進歩しないと思う。

     むかし、「学校教師は他人の評価を受けないと言う事で、聖職者だ」と書いたことがあったが、現在は聖職者の方が評価が厳しいようだ。

     

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    2009年8月11日 (火)

    新技術依存と神頼み

     昨日のNHKスペシャル「日本海軍400時間の証言 第二回特攻やましき沈黙」の中で現在にも通じる話が多々あった。 http://www.nhk.or.jp/special/onair/090810.html

     その一つ、『戦局が不利になると、新兵器に頼る』と言うことが、現在まで残っている。経営不振になった会社が、『新技術による新製品で逆転』と言う話しは、よく聞く。また、ついこの前にあった、『年金投資の収益を大幅に改善する金融工学』に、多くの金をつぎ込んでいた。

     新技術で、逆転を図るには、その新技術をよく知って、成功可能性を見極めないといけない。神頼み、人頼みの『盲信型の投資』では、いくら資源を投じても成功しない。

     特攻の指導者の罪は、これだけではないが、できもしない『新技術で利益改善』と叫ぶ経営陣は、海軍軍令部と似たようなものに見えてきた。

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    2009年8月10日 (月)

    ロングテール市場で生き残る条件

     市場戦略の一つとして、数は多くないが、熱烈なファンを押さえる、ロングテールを攻める手法がある。これは、単品売りきりの市場では、インターネット書店などでよく見られた現象である。現実の書店は、どうしてもスペースの制約があり、売れ筋の本が主体になる。しかし、特定の本を探す熱烈なファンはいる。彼らは、ネット上の検索機能を使い注文すると、リアルの本屋では手に入れにくいような本も、手にいれることができる。そして、比較的高価な本でも購入するので、利益には繋がりやすい。

     これをものづくりで実現するなら、どのような形なるのであろうか。一つの例は、名人に手作りをたのむ、伝統工芸の世界である。例えば、日本刀を打ってくれという人間は、十分高い対価を支払うであろう。

     しかし、一般的な工業製品で、これを実現するにはどうしたらよいであろうか。このためには、開発・設計ができる人材を、多くそろえて、並行した個別設計が必要である。そして、それを実現する工作も、柔軟に対応する必要がある。しかも、その製品を長期にわたり保守する必要がある。

     このように、多数の設計者を抱え長期に保守を行う体制は、一昔前のソフトウエアの世界を想い出す。この形が、柔軟なものづくりの実現で、ハードウエアの世界まで広がる可能性もある。

     ただし、このようにした、ソフトウエアの世界も、経営的に苦しかった。これを今後、ロングテール市場として、ハードの世界まで広げるのは、もう一歩経営革新が必要だと思う。

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    2009年8月 9日 (日)

    評価の階層化について

     本日の朝日新聞の教育面では、愛知県の犬山市の全国学力調査利用が書いてあった。○×だけでは見えない部分を評価し、△を加えると言う話しである。

     しかし、こんな話しを、わざわざ書かないといけないのかな?会社生活をしていると、上位に上げる報告は、どんどん集約していく。その段階では、○×の割り切りも必要になる。一方下位の管理では、個々の状況を細かく見る。

     こんな当たり前のことが、新聞で取り上げないといけないのだろうか?

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    本日のテレビを見て

     今朝のNHKテレビの『ルソンの壺』で、医療練習の人体模型を取り上げていた。このような模型で訓練することは、失敗を行いながら練習できるので、力をつけることができると思う。

     シミュレータでの訓練の利点は、失敗を行えることである。逆に失敗を経験していない人間は、安全を見すぎて、機会を失することもある。但し、シミュレータ自体の限界もある。

     道具は使いこなすことが重要である。

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    標準化を実行する技術者について

     昨日書いた、国際標準化の話しに、もう一つ補足しておく。今回の強敵は、ドイツ企業である。ドイツ人の標準化を推進する力は、2つの有力な武器がある。

     一つは、ドイツ語である。ドイツ語には未来形が一種類しかない。これはある意味硬直化していると言われるが、これぐらい単純化しないと標準化はできない。

     もう一つは、カントからの伝統のある、哲学的思考である。自分の発言に自信を持つためには、一つは実体験の根を持つ、もう一つは哲学思考の厳密さである。このような哲学をきちんと身につけた相手に対しては、日本の技術者は弱いように思う。

     但し、今回の高圧送電の標準は、実証試験をきちんと実行したもので、上記の経験の力でもある。中国と組む戦略と、実証の力が、彼らの哲学的論述力に対抗する、一つのヒントになるように思う。

     なお、日本発の標準志向として、OSのTRONがあるが、これは教養学部が確りしている、東京大学発信であった。教養の段階で、哲学的思考をきちんと教えるのは、東大のシステムの利点ではないかと思う。

    http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/file/list/090808.html

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    2009年8月 8日 (土)

    国際標準化を進めるために

     先ほどNHKの番組『追跡AtoZ』で、超高圧送電を例として、国際標準化の重要性を取り上げていた。

    http://www.nhk.or.jp/tsuiseki/file/list/090808.html

     確かにこれから、国際間の相互乗り入れが激しくなれば、国際規格を抑えることが重要である。そのためには、規格の専門化の育成が課題となる。規格の専門化は、技術的な理解だけでなく、規格としての法律的文書作成力、国際的な交渉力などの、総合的な能力が必要である。

     自分達が良いモノを作ったのだから、皆がこれに従うのが当然と言う、技術屋の論理はもはや通用しない。

     さてこのような、専門家はどうしたら育成できるであろうか。一つのヒントは、特許の権利出現を行う弁理士であろう。弁理士の試験では、技術的な理解力と、条約を含む法的な知識も試験される。その上で、市場性や、国際的な視野を身につければよい。

     このような専門能力を自分で身につければ、今後の就職に有効であろう。

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    評価が重要

     現在の雇用情勢の改善のためには、人材を適切に活用する、経営者・管理職の能力が必要だと書いた。この力について、もう少し突っ込んでみると、"評価"が重要である。仕事自体に本当に必要な能力を、正しく"評価"する。そして、利用可能な人材の能力を、正しく"評価"しマッチングを取る。これが、適正な仕事の進め方である。

     しかし、管理している人間の評価能力が低いと、仕事の難しさを見誤ったりする。更に、人材に関しても、余裕を見て『能力のある人間をそろえる』と言うことになる。このように有能な人材を、一部で保持することで、他の業務の機会損失を引き起こすことになる。太平洋戦争で、日本海軍は時代遅れの、大和・武蔵の二大戦艦に最高能力の兵員を確保した。彼らは、戦闘での貢献はほとんどなく、最後に沈んでいった。

     一方、プロ野球の迷主である、某Y売球団では、昔から某有名監督の「欲しい欲しい病」で他所から、金に飽かして、「4番バッター」ばかり集めて試合をしたが、あまり芳しくない結果も多かった。

     更に、市場関係で売れ筋を評価する力、金融機関が伸びる会社を評価する力、等等も必要である。これから評価力を身につけることが、経営者管理者に必要と思う。

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    2009年8月 7日 (金)

    就職する側は自己研鑽が必要

     昨日は、求人側に対して、人の活用が大切と書いた。しかし、求職側では、できる限りの自己研鑽を励む必要がある。面接で一番嫌なパターンの一つは、

    「私の可能性を見出さない貴方が悪い」

    言うメッセージを送りつけてくる子である。

     それより、自分の悪い点は素直に認め、改める行動特性は、今後の成長が期待できる。基礎的な力も大切であるが、今後の向上可能性も、もっと大切である。

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    2009年8月 6日 (木)

    正規雇用の増加には管理者能力向上が必要

     今の社会に必要なものは、「若い世代の雇用を確保する」ことである。このためには、正規雇用のメリットを、企業側で確り実現する必要がある。しかも、中国など海外の"安価"で"良質"の労働力と言うことに、惑わされず、手持ちの人材を活用しながら、仕事をこなす。更に市場を見据えて、適応しながら生き残っていく経営手腕を持った、管理職がいないと、これを実現できないと思う。

     今の企業でも、"人材"を求めすぎているように思う。少しでも良い人材と皆が求めても、あるレベルしか入手することはできない。その場合に、個々の特性を活かして、活用しながら成果を出すことが求められる。

     某Y売球団のように、他所の良いものを欲しがり、金に飽かせて引き抜く体質は、経営者としては、困ったものである。

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    2009年8月 5日 (水)

    非正規雇用のメリット

     昨日は、正規雇用のメリットについて書いたが、裏側で非正規雇用のメリットも検討しておきたい。まず、雇用される個人の立場でのメリットである。

    1. 自分のペースで仕事時間を選べる
    2. 自分のしたい仕事しかしないで済む

    一方デメリットは以下のようになる。

    1. 特に長期的観点で生活の不安定さがつきまとう
    2. 生涯のスキルアップは自分で行わないといけない

    また会社側では以下のメリットがある。

    1. 負荷変動時に必要な時だけのパワー供給源である
    2. 技術・技能は教育せずとも保有している
    3. 機会損失をせずに新規参入時の戦力確保ができる

    一方デメリットは以下のようになる。

    1. 技術技能の蓄積が難しい
    2. 長期の品質保証や保守などの体制を組みにくい

    このように考えると、非正規雇用で働く場合には、個人の能力と向上心を維持し、自己のスキルアップを継続しないと、将来的な不安がある。

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    2009年8月 4日 (火)

    正規雇用の必要性について

     現在の就職活動は、大変厳しい。そこでもう一度正規雇用のメリットデメリットについて、議論してみたい。なお、このブログの読者は、学生の方が多いと見て書いている。

     まず、雇用する企業の側から考えてみたい。(まず相手の立場から考える)メリット側で考えてみよう。

    1. 技術・技能の蓄積がきちんとできる
    2. 組織に対する忠誠心を期待できる
    3. 業務環境の変化へ柔軟に対応させることができる

    一方、デメリットは以下のようになる。

    1. 採用ミスの不適正人材でも辞めさせることが難しい
    2. 負荷変動時、特に市場環境悪化時にも固定費として人件費が重荷になる
    3. 育成や福利厚生での負担が大きい

     次に志望者側の観点で考えてみよう。メリットは以下のようになる。

    1. 生活の安定を得る
    2. 長期的に育成してくれる

    一方のデメリットは以下のようになる。

    1. 会社に束縛される
    2. 辛抱しないといけないことが多い

     さてこれだけで検討は終わりであろうか。もう一つ社会全般での観点で、議論しておくことも必要である。三方よしの発想である。メリットは以下のようになる。

    1. 企業として技術蓄積で成長すれば、税収の安定など社会の安定に貢献する
    2. 柔軟に新市場に対応できれば、機会損失もなくなる
    3. 福利厚生のコストを企業が持つので公の負担が少ない

    一方デメリットとしては、以下の観点がある。

    会社として人材を抱え込むと柔軟性がなくなる

    企業の競争力が無くなると、外国に市場を押さえられ、国として貧しくなる

    このように自分・相手及び周囲の3方から考えてみるのも新しい発想に結びつく。

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    2009年8月 3日 (月)

    求められれている行動特性

     人を採用する時、特に総合職で採用する場合に、これはお断りと言う行動特性は、

    「何でも教えてくれと言う人」

    である。近頃は、インターネット上に質問箱などがあり、何でも聞けば親切な人が答えてくれる。しかしこれに頼りすぎると、何でもかんでも質問し、自分で考えなくなってしまう。

     会社生活では、このような行動特性は、一番困る。特に仕事の上では色々な機密事項がある。あることを調べていると言うことから、競争相手に自分の動きが読み取られる場合もある。総合職になる場合には、自分の考えを持ち、自力で答えを出すようにして欲しい。

     しかし、自分で答えを出すためにはどうしたらよいのか。とりあえず、学生時代の宿題を自力で答えることから始めて欲しい。このような癖をつけることが重要だと思う。

     逆にこのように、自分で考え判断する力があると、一つの売りになると思う。

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    2009年8月 2日 (日)

    強い組織を育てるリーダーは

     日曜の朝は、経済番組2つを連続してみることにしている。「がっちりマンデー」と「ルソンの壺」である。

    http://www.tbs.co.jp/gacchiri/archive.html

    http://www.nhk.or.jp/luzon/schedule/backnum/090802.html

     今朝は、2人の社長の面白い対比を見せて貰った。まず始めは、強烈な個性で部下を引っ張っているエステー㈱の鈴木社長さん、そして、30年後には社長である自分はいないから皆で考えろ、と教える向井珍味堂の片山社長のお二方であった。特に、片山社長の言葉には、老舗の重みを感じた。

     エステー㈱の社長さんは、社長が頭を使っている会社は強い、と言う主旨の意見であった。私の個人意見では、
      社長頭を使う会社は強い
    と言って欲しかった。

     組織を強くするためには、始めは部下に対して色々と指導する必要もあるが、最後にはみなの意見の盛り上がりで、組織を強くしていくべきであろう。リーダーは、後継者を育てる義務がある。

     

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    大学教授の発信力

     現在就職難が続いている。大学でも内定が取れていない場合が多い。

     さてここで一つ気になるのは、経済系の大学教授達の動きである。
      「新入社員を採用する効果や必然性」
    を社会に発信し、納得させる動きは、あまり見えてこない。

     日本の先生は、高等な話しをしても、実用に関する話をせず、実際の政治に影響を与えるような下賎な動きはしないのかな。

     しかし、これぐらい学生のために動いて欲しいように思う。

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    2009年8月 1日 (土)

    悪条件での経営者の動き

     現在のように、厳しい経済状況では、経営者の決断は難しい。しかし、執ってはいけない行動と言うものはある。そのうちいくつかを、明確にしておきたい。

    その1:ギャンブル症候群
     経営状況が厳しくなると、ハイリスクであっても、ハイリターンの可能性に引き付けられて、ギャンブル的な方針を採ることがある。もっと悪いのは、ハイリターンの能書きにだまされる例である。一部の団体で、アメリカの投資ファンドの口車に乗って、年金資産を大きく減らした例などがある。

    その2:萎縮症候群
     とりあえず、経費削減ばかりを繰り返す。そして、新規投資を必要な施策は一切行わず、ひたすら節約や、経費削減(人件費削減)の掛け声を出す。また、前に成功した試作に執着する事例も多い。

    その3:現状逃避症候群
     現状の悪さを、議論するの法度になる。景気の良い空論だけが駆け巡る。

    しかし冷静に、撤退作戦を指揮できる指導者は少ない。しかも彼らが、評価を受ける例は少ないように思う。

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    社会人の勉強ブームについて思う

     NHKのニュースで、レンタルの勉強スペースを借りて、会社帰りや、出勤前に勉強する社会人の話しが報じられていた。確かに、雇用の継続性に関して不安があったり、キャリアアップしたいために、資格を取得する。このような勉強は、望ましいものだと思う。学校を卒業してから、一度も本を読んだこともない、などと言う話しも昔は良く聞いたが、このような人の思考力は、やはり年とともに落ちていた。このような対策として、勉強するのは良いと思う。

     しかし、勉強と言えば、資格取得と言うのも短絡的だと思う。もっと言えば、勉強と言えば、座学で教科書や参考書だけに頼るのも、寂しい話だと思う。

     実際の仕事に対応して、必要なことを関連する書物で調べる。これでもう一度学生時代の教科書を見直す。また、先輩の話から、色々なヒントを掴み、それを自分のものにしていくことで、能力を向上させる。これも立派な勉強である。

     こういう意味で考えれば、管理職の能力には、

    「いかに意味のある訓示をできるか。必要に応じて、成長に役立つ雑談ができるか。」

    と言うものは大切なことだと思う。もっと言えば、学校教師にも、教科書以外の話しで、指導できる力があるのだろうか?指導書のマニュアル教師にしか学んでいないと、このような経験談などからの教訓を引き出し、自分のものにする力はつきにくいように思う。

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    投資の考え方(個を見るか総合での利益か)

     資本主義経済において、企業の経営のための資金は、社外の投資に依存することも多い。ここで、投資を行う側の方針について、考えてみたい。まず、親戚などの義理がらみで、損益を無視した場合以外は、投資は利益を得るために行うものである。利益を得るためには、投資とその見返りの、評価を行わないといけない。見返りにも、金銭的なものと、それ以外に名声など無形のものもあるが、金銭が一番明確であろう。一方、投資の場合には、未来の不明確のための、リスクを評価しておくことが重要である。

     投資のリスクを逃れるためには、大きく分けて2つの方針がある。一つは、投資対象を個別に確り見て、経営方針や市場を確認した上で、投資回収を自分で確認する方法である。もう一つは、投資先を分散し、一部の投資失敗があっても、全体として利益を得る方法である。この方式にも、2つの考えがあり、一つは上記の個別確認したものを、複数持ち、一つの失敗を、他の成功でカバーする方式である。もう一つは、個別の投資対象を、平均的な成功率などの数値でしか見ずに、その集合体に投資する考え方である。金融工学などの発想がこれである。これは物理学で、個々の分子の動きを大量にまとめて、統計量として理解することで、統計力学とした発想に近い。

     国家のような、マクロに経済を見る場合には、このような統計量としてみながら、ある程度の失敗も見込んで投資しないと、全体としての進歩の可能性を摘んでしまう。しかし、個々の観察と、失敗時の反省は、成長の基本である。統計量だけを見ていると、肝心なものが見えなくなってしまう。

     なお、余談であるが、競馬でこのような統計的手法を使っていた人がいる。これは、中穴戦術と言う方法で、

    「人が買いたがらない、馬券は、賞金の期待値が、勝率に比較して、高くなる」

    戦術である。言い換えると、

    「一番面白くない買い方を、継続していると、全体として利益が出る」

    と言うことである。やはり個人は自分の力で、利益を生んで欲しいし、銀行も個別企業の成長性を見て、投資をして欲しい。もっと大切なのは、銀行の指導で、利益が出るようにもって行ってほしい。

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