電力の利用者側で、有効活用を図る、スマート・グリッドがアメリカ等で注目を浴びている。この動きに関して、日本では沖縄電力が、検討を進めている。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20090708/199541/
http://business.nikkeibp.co.jp/article/tech/20090916/204862/
この動きが、今出たということは意味深い。現在の日本の電力供給は、大電力会社の責任で、中央給電指令所をトップにした、全体最適化のシステムで運用していた。そして配電の末端の微妙な変動を、大電力の供給の中で吸収していた。更に言えば、風力や太陽光などの自然エネルギー等の不安定な電力供給に対しても、電力会社に買い取り義務付けをさせ、しかも変動に対しても、それを受け入れろと無理を押し付けてきた。つまり、
「大会社だからそれぐらい面倒を見ろ」
と言う論法である。言い換えると、
「日本の電力政策は、『大電力会社』に親分としての責任を負わせる。」
と言う図式であった。一方アメリカは、自由の国であり、発電と送電の分離で、自由な電力調達を実現していた。その結果、『ニューヨーク大停電』を発生させても、何処の責任と言うことが曖昧になり、犯人探しと再発防止も大変な作業となった。一方、日本の場合には、
「阪神大震災時の関西電力の電力供給維持の名人芸」
を、中央給電指令所から末端の作業者まで一体になって動いていた。
「姫路や赤穂などの火力発電所群から、大消費地の大阪地区に向かう大動脈の一部である、神戸地区の送電線が寸断された状況で、系統安定のための迂回路を、全系統に波及しないように、短時間でで設定する。」
これだけでも、至難の業であるが、その他にも多くのトラブルが発生している。このような難題を、全系統停電を起こさずに切り抜けたことは、電力会社の供給責任の重みを、社員全員が共有していたからと思う。このような、”親分”としての大会社の責任は、戦後体制の特徴でもあった。
さて、ここでスマート・グリッドを導入する意味を、もう一度考えてみよう。スマート・グリッドの発想は、消費者に近い所で、電力の供給を安定させる働きである。つまり、親分に頼らず、現地で自活すると言う発想である。確かに、島嶼地区をかかえる沖縄電力ならば、この発想は自然と思う。しかし、大きな流れとして、中央に頼らず末端で、責任を持つという発想で、スマート・グリッドを考えるならば、これは大きな変革になると思う。
そうなった時、電力会社は、「良い発電業者」から電力を購入し、「良い消費者」にしか電力を供給しないと言う発想まで進むかもしれない。分散と集中と言うことは、色々な側面で検討していくべきである。
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