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2009年11月25日 (水)

ある憲兵隊長の日露戦争秘話(その3)

2.旅順の戦い(第一回総攻撃)

 西南の役の戦場イメージは消えて、霊界からの声が響いた。

 

 「まず始めに、確認しておくが、旅順の攻略の意味をお前は知っているか?」

 「旅順艦隊を撃滅させるために行った、と聞いていますが。」

 「それが根本的な、理解不足だ。日露戦争の日本陸軍にとって、本当の勝利と言えるものは何だ?」

 「奉天の大会戦での勝利と聞いていますが…」

 「本当にそう思うか。特に相手はロシアだぞ?」

 

 そこで、また一つの映像が浮かび上がった。それは、西洋人同士の戦いであった。一方の軍は、自分たちの村に火を放ちながら、後退していった。そして、調子に乗って攻めていったもう一方の軍は、冬場に食料もなく惨めな退却を余儀なくされていた。

 

 「ナポレオンのロシア侵攻の失敗の様子だ。ロシア人は退却は平気だ。」

 「確かに、ロシアは対ナポレオンの伝統から、戦略的な後退はお家芸ですね。奉天の会戦では、単にロシア軍が交代したと言う話しですから、勝利とはいえませんね。」

 「さて、ここで旅順の攻防戦はどうだ?」

 「難攻不落の要塞守備隊が降伏したのですから、敗北ですね。なるほど、世界とロシア自らが認める、敗北は、『海の日本海』と『陸の旅順』ですか。」

 「そのとおりだ。日本陸軍の戦略的な勝利は、旅順要塞を正面攻撃で落としたことだ。そのため、ステッセル将軍と乃木将軍の写真を、世界に配ることが重要だった。そういう意味で、乃木将軍の功績は大きい。」

 

 そこで、また一つの戦場が見えた。今度は、空から戦場を見渡す形であった。山の中腹に、コンクリートで固めた防御陣地が出来ている。その外側には、鉄条網などの障害物が横たわっている。そして、陣地からは、機関銃の砲口が障害物の方向を向いていた。

 そして、その陣地に突撃する兵士の一群が、機関銃になぎ倒されていた。

 

 「あれは、37819日の第一回総攻撃だ。歩兵の突撃の前に、大砲での制圧は十分行ったつもりだったが、機関銃を全て潰すことは出来なかった。」

 「これは兵士の命を軽んじる指揮ですね。」

 「そこまでは言い切れない。指導者達の無知と言う面はあるが、制圧の砲撃は十分行っていたので、簡単に落とせると言うのが、それまでの軍事常識だった。これで、一万五千八百人あまりの被害を出した。」

 「大きな被害ですね。」

 「但し、これで戦略的に大きな物が生じた。」

 「それは?

 「ロシア側にとって、これで引けなくなったと言う点だ。この時点での敗退なら、『要塞を作っている途中だった。』と言い訳が出来た。しかしここで、確り攻撃を撃退した結果、世界に対しロシアの力を示す、戦略的攻防戦となった。」

 「陸の旅順の誕生ですね。この結果、水師営の会見が世界の注目を浴びたわけですね。」

<続く>

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2009年11月24日 (火)

ある憲兵隊長の日露戦争秘話(その2)

1.西南戦争

 

 その時私の前には、戦場の光景が見えた。片方の兵士は、着物姿で勇敢にも銃弾の飛び交う中に確り立って、銃の狙いを定め、一発一発を正確に討っていた。もう一方には、土を積んだ障害物の後ろに突っ伏しながら、目をつぶって引き金を引いている兵士がいた。彼らは、軍服らしいものを着ていた。彼らの銃弾は、多く飛んでいたが、まったく当たる気配がなかった。一方、着物姿の兵士は、確実に命中をさせていた。そして、命中者の近くの兵士はますます萎縮し、腰を抜かして土手から顔を出せず、鉄砲だけを空に向けて討つ始末であった。

 

 後ろで声がした。

 「あれが、西南戦争の西郷軍と政府軍だ。西郷軍に徴兵制度でかき集めた、政府軍の兵士では対抗できないのが良く判っただろう。」

 「確かにひどいですね。これでは、軍隊とは言えませんね。」

 「そうだ、戦場でまともに目を開くというのは、かなりの訓練が必要である。この時代の政府軍にはそれができていないのだ。そこで次の事件が起る。良く見ておきなさい。」

 

 すると、視野が広がって政府軍の大きな集まりが、西郷軍に攻め捲くられ、孤立しどんどん討ち死にしていく姿が見えた。その中で、一人の立派な軍人が巧みに遮蔽物を利用しながら、走り出す姿が見えた。

 

  「あれが、若い日の乃木さんだよ。かわいそうに、あの部下たちでは、戦場をまともの走りぬけることが出来ないので、自ら応援を求めて味方の陣地に走っているのだ。」

 

 その後も、西郷軍の攻撃は続き、抜刀した兵士の切り込みも始まった。政府軍は、ほとんど抵抗できず、簡単に屈服した。そして、西郷軍は、戦利品として取得した大きな旗を掲げて、引き上げていった。

 

  「今見たのが、有名な西南戦争軍旗事件だ。まだ、この時期の日本軍隊では、軍旗の重要性は、それほどでもなかったが、それでも将としては大恥だ。さて、今度は明治政府側の逆襲を見てみよう。」

 

 今度は場面が変わって、西郷軍の兵士が浮き足立って逃げてきている。それを待ち受けている、政府軍と少し違った制服の男が刀を左右に振るたびに、西郷軍の兵士は死体の山を築いていった。

 

  「あれは、儂の仕事だ。警視抜刀隊の一員として従軍して、西郷軍を切りまくった。」

  「それで軍服が異なるのですか?」

  「そうだ、抜刀隊はみな旧士族で、戊辰の戦を経験したものも多い。彼らは、戦場を知り尽くしているので、西郷軍以上に勇敢だ。そして、西郷軍も敗色が濃くなれば、あのように浮き足立ってしまう。」

  「確かに、これを見ると、旧士族の戦いは上手ですね。」

  「そうだ。しかし明治維新では、士族に頼らず皆が貢献する天皇陛下の軍隊を作ることが、一つの改革の柱である。そのため、西南の役の後、軍人としての訓練を確り行って、戦場でも目を開いていることができる、兵士をきちんと育てた。」

  「抜刀隊の人たちはどうなりました?」

  「多くの功あるものたちは、憲兵となった。兵隊を取り締まる立場だ。」

  「つまり、一般人民で出来た兵達が、反乱した時、戦上手の憲兵が抑えるためですか。」

  「そこまでは儂は言わない。しかし、憲兵は個人でも戦える人材であった。一方、兵隊は指揮官の言うとおりに戦うのが基本だな。さて、話しを旅順に戻そう」

<続く>

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2009年11月23日 (月)

ある憲兵隊長の日露戦争秘話(その1)

 私の先祖である中山重正は、西南戦争にも従軍し、憲兵隊長として日露戦争に従軍したが、旅順攻防戦において、乃木将軍と喧嘩したと伝わっていた。ただし、乃木将軍の無能論には、否定的であったと聞く。司馬遼太郎氏の『坂の上の雲』を呼んだが、どこか違うように思う。書き物などは残っていないので、最後の手段で彼の霊魂を呼び出して聞いてみた。これは、その記録である。

 

 広島市より、JRの快速で1時間20分ほど中国山地の中に向かった先に、三次市がある。この町は、3つの川の合流点であり、稲生物語と言う伝説がある、霊界との交流点である。市街地の外れの大歳神社にお参りして、尾関山公園の展望台に向かった。幸い誰もいなかったので、持参した香を焚いて、般若心経を唱えて、彼の法名を唱えた。すると、霊界より彼の声が聞こえてきた。

 

 「誰ぞ呼んだか」

 「貴方の子孫の中山和夫です。日露戦争のことで、是非お聞きしたいことがあります。」

 「旅順のことか?」

 「お察しのとおりです。現在、司馬遼太郎と言う作家は『坂の上の雲』と言う小説で、二百三高地への攻撃をためらった、乃木司令部を無能と書いています。貴方から伝わっている、乃木将軍無能論とは何か違うように思います。そこで真相を教えていただきたくお呼びいたしました。」

 

 すると、少し沈黙があった。私は、低い笑い声を聞いたように思った。そして話しが続いた。

 

 「流石に、我が子孫だな。よい勘をしている。実は、我々も霊界であの本のことについて、議論していた。今まで、この話は誰に話していないが、お前達に伝えた方がよさそうだ。」

 「ありがとうございます。」 

 「まず原点を見よう」

<続く>

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小論文作成法について

 就職の時の小論文の作成について、作成者の気持ちを思いやる方法でアプローチしてみました。
http://homepage3.nifty.com/manabizz/sakusaku/shouronbun1.htm

 テイラーの科学的管理法の入門としても見ていただければ幸いです。

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グライダーの苦労

 先日、外山滋比古さんの「思考の整理学」について述べたが、一つ思い出したので忘れないうちに描いておく。それは、「グライダー人間」と言う話しであった。つまり、

「人間は自分で飛ばないといけない。他の飛行機に引っ張ってもらう、グライダーではいけない。」

と言う主旨であった。確かに自主性は大切であり、言いたいことはわかる。
 しかしながら、自分のエンジンで暴走するのもこまったものである。
 グライダーとして風に乗るのも、仕事に慣れていないときには重要だと思う。何時までも、引っ張ってもらうのは困るが、風を無視する暴走も困る。

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2009年11月22日 (日)

細切れ情報が多くなった

 今思考の整理学が売れているらしい。この本は、色々と考え方のヒントが豊富である。しかしながら、短いエッセイの集まりなので、じっくり理解するのは難しかった。外山滋比古氏と言えば、「α読みとΒ読み」と連想するが、この概念も短い文ではつかみにくい。

 しかし、現在はブログなど短い情報が多く出ている。読み手が、短い情報に慣れてきた。このような状況で、この本が売れているのではないかと思う。

思考の整理学 (ちくま文庫) 思考の整理学 (ちくま文庫)

著者:外山 滋比古
販売元:筑摩書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2009年11月21日 (土)

日露戦争について考えてみました

 『坂の上の雲』に描いてある、旅順の戦いについて、小説風に考えてみました。
 余りにも奇襲主義は危険だと思うが、国力を考えると、軍隊の膨張を抑えるための、精神論も有効と考えてしまった。
 宜しければ見てください。
http://homepage3.nifty.com/manabizz/ryojunhiwa1.pdf

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テイラーの科学的管理(続)

 テイラーの科学的管理の本は、新人の心得で大切なことを示している。彼は、

「科学的に決まった行動基準に、新人はまず従うべき」

と言っている。しかも

「その上で言うべきことがあれば、科学的に根拠を持って議論しよう」

と言っている。これは、知識のある新人の心得として大切であるし、また新人を受け入れる側でも大切である。

 今まである伝統と言うか知恵を、おろそかにしてはいけない。そのため、新人は一度は従うべきである。しかしそれに対して、客観的な根拠のある疑問は、議論すべきである。

 このような姿勢が生まれたのは、科学的の根拠のある、作業指導を行ったからである。

 テイラーの功績は、従来の経験値に対し、理論的に根拠があり、議論のできる目標値を提示すると言う手法を示したことにある。 

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2009年11月20日 (金)

100年前を考えてみた

 今テイラーの科学的管理法を、読み直してみた。100年ぐらい前の本だが、今でも通用することが多い。しかし当時と今での違いも多い。このような昔の本を読むためには、周辺知識を仕入れる必要がある。例えば、工場の計画管理業務があるのは、現在では常識だが当時は存在しなかった。そのような状況での、労働者の権利を守るためには、労働組合による争議が必要というのも納得する。

 そして科学的に工員と職長が納得した仕事は、労使紛争がなくなるという話も説得力がある。この知識をきちんと身につけた後、経営学や工場管理を学ぶべきだと思う。

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2009年11月19日 (木)

アイデアが重要か?実行が重要か?

 今の世の中に、解決を必要とする問題は多い。そこで、必要なものはアイデアであろうか?確かに、問題が解決するには、キーとなるアイデアが必要である。しかし、現在のようなインターネット社会では、多くの情報があふれている。つまり、どこかで先行事例が存在する。言い換えれば、アイデアもどこかに存在している。

 しかしながら、物事の解決は、アイデアだけでは不十分である。それを育て、現実との対応をつけて、実行する力が必要である。

 現在必要なのがこの実行する力ではないかと思う。

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2009年11月18日 (水)

当たり前のことが売りになる

 今朝のNHKテレビを見ていたら、

「真珠の製造業者が、売れ行き不振の対策として、女性ファッション雑誌を見て研究する。」

と言う放送を見た。
 これは、普通にもの造りをしている場合には、お客様の情報を確りと掴むと言うことを行うのが常識と思っていた。しかし、真珠つくりの世界では、

「よい物を作れば売れる」

と言うことらしい。
 このように、ある分野で常識でも、他の分野では『新発見』と言うこともある。昔あるコンサルタントから聞いた話しだが、

「成功の秘訣は、他業種の当たり前のことを、売り込む」

を思い出した。
 就職活動でも、自分の得意分野の基礎は、結構売りになると言うことを知って欲しい。

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2009年11月17日 (火)

大学乱立のメリット

 日本の現状は、大学が乱立していると思う。しかしこのおかげで、我々は、多くの専門書を、日本語で読むことができる。翻訳は結構コストがかかる。それを回収するためには、きちんとした市場がないといけない。
 幸い日本には多くの大学があり、専門書を講義等で使うので、ある程度の売れ口は確保できている。このような状況で、多くの海外専門書が日本語に翻訳されている。
 このように母国語で専門的思考ができるのは、限られた国である。いや、日本でも30年前には、
  「大学院の専門性は、英語の読解力で判る。」
とさえ言われていた。
 これを考えると、日本の大学院乱立もいいところがあると思う。但し、それに血税をつぎ込むべきかは、別の議論である。

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2009年11月16日 (月)

書き物の恐さ

 ネットや携帯の普及で、簡単にメールが送れるようになった。そこで、話しをするより、メールの方が楽と言う人もある。確かに電話の場合には、相手の都合が見えないので、気を使うことも多い。そのため、私もついついメールで用件を済ますことも多い。
 ただし、メールは、相手の反応が見えない。しかも情報が残るので、後々尾を引くこともある。特に、苦言のような場合には、相手の顔を見ながら誤解のないように話すことが、有効である。
 しかし現在は、メールになれているので、ついメールすることが多い。しかもこの副作用で文字の情報に抵抗が亡くなっている人もある。そのため、手書きで、苦情を簡単に書く人もある。これは、後に残るので注意した方がよい。手書きのクレームを残したり、送りつけるには、よほどの覚悟が必要である。

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2009年11月15日 (日)

日本人のコミュニケーション

 日本人のコミュニケーションは、話し手と聞き手の間に、ある種の共有感覚があることを、前提としている。そのため、短い言葉や身振りだけで、相互の理解が行われることを、一つの理想としている。極端な話しは、5・7・5の俳句である。正岡子規の写生主義でも、「柿」、「鐘」、「法隆寺」と言う3つのキーワードだけで、その感触を伝えようとしている。
 更に禅問答ならば、手を差し出すだけでも、当人の悟りの心境を評価しようとする。このようなコミュニケーションは、その分野の全体が判っている人が、一番判りやすいと言うか、間違いやすい所を見出して、そこを確認する方法である。確かに技術者の会話でも、相手の技術力を測るために、本当に難しいところを試すことが、行われている。逆に試し方で、相手の技量を測ることもある。例えば、材料力学や構造力学の知識を、長方形の定規を振るだけでも、示すことができる。縦に振るのと、横に振る違いである。また、捻って見せるのも、なお良い。
 さて、このような世界では、知識の有無が、コミュニティに入る条件となる。しかし、現在のインターネット社会では、知識の入手コストが低くなっている。しかも、発言の敷居はもっと低くなっている。そこで、勉強をしてから発言しろなどと言うと、コメントなどで袋叩きにされる可能性もある。これは、インターネット社会が、

「アメリカ文明の社会で、市場参入は封じてはいけない。但し、市場での淘汰を行うので、利用者の自己責任で判断すべき」

と言う、論理で動いているからである。これは、確かに一理ある論理だが、日本的コミュニケーションとは真っ向から対立する世界である。

 小泉・竹中改革が失敗したのは、上記アメリカ式論理を、強引に押し付けようとしたからではないかと思う。但し、専門家に依存が強くなりすぎ、一般人の意見を殺すのも困った物である。そういう意味では、今までの日本は、官僚など専門家が強すぎた。これいにたして現在の政策評価などを、公開する動きは、大きな進歩だと思う。特に、専門家は自分の範囲にこだわりすぎる面がある。総合的な判断は、素人の目がよく行き届くことが多いこともある。

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2009年11月14日 (土)

軍隊組織の特徴について

 軍隊組織は、大部分の時間を訓練に費やしている。実際、災害救助なども含めて、軍隊組織は、訓練だけで終わるの平和でよい。地域ボランティア的に、危険地区の清掃などを行うぐらいしか、一般人に見えないのでも良いのかもしれない。訓練状況の高度さは、各国の諜報員が探してみて貰ったらよい。
 さて、少し脱線したが、このように十分訓練した組織の運用の特徴を考えてみよう。この指揮官は、訓練を通じて自分の部下の能力を、きちんと把握している。このような状況で、指揮を取るということは、指揮官が部下の行動を全て指示することができる、ということである。確かに、敵対行動の変化で個人が状況の変化に対応することは必要である。しかし、部下の力に信頼を置いて行動するのが軍隊組織である。
 一方、現在の企業では、企業内のOJT(On the Job Training)を行うことも、経営環境の悪化で難しくなっている。そこでは、個人能力が見えず、曖昧な指揮になることも多い。このためにPDCAのサイクルを回し、早期に改善を行う必要がでている。
 特に、失敗を繰り返さず、日々良くなっていく、作業プロセスの改善能力を持った組織にすることが重要である。

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新しいものを創るのは創造か発見か

 新規にモノを創るときに、創造するのか、発見するのか、と言う切り口で考えてみた。ここで、創造すると言うのは、一から作り出すという作業である。一方、発見と言うのは、現実にあるもののから、規則性などを見出していく作業である。
 新規に創るのだから、一から創るのが当たり前ではないか、と考える人も多いと思う。しかしながら、他の分野の先行事例から類推出来ることを見出すのは発見である。また、隠れた理論的な法則を見出して、それを利用していくという形の発見もある。
 これを考えると、理論知識の体系を自分用に作っておく。これを現実の問題に当てはめていく。この段階で生じる発見は、イノベーションなどにも役立つと思う。

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2009年11月13日 (金)

褒める効果について

 本日のNHKテレビの『かんさい熱視線』は、『ほめるブームが企業に広がる』と言う話しを行っていた。確かに、褒めて育てると言う手法は、現在の企業に とって有効な手段である。しかし、30年程前には、どちらかと言えば、批判しながら育てる。もっと言えば、しかって育てると言うことが主流であった。
 番組の中では、評論家の森永氏が

「昔の日本的評価は、皆がお互いを認め合っていた。しかし、現在はトップ・ダウン的な評価が主体だから、きちんと褒めないといけない。」

と言っていた。この意見はある程度説得力がある。しかし、もっと踏み込むと、学校的な評価社会もある。一面的な成績評価が、全てを評価するような世界に育った学生が、会社に入ってきて、そのまま生きている。
 しかしながら、自律するためには、多様な評価を受け入れ、自分でも評価することが必要である。その中では自然に褒めることもできるようになるだろう。褒 めるためには、相手の立場で考えることも必要である。このような能力を、身に付ければ、今後生き残れることは間違いない。

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2009年11月12日 (木)

論理的な思考法について(大きな論)

 論理的な推論というと、三段論法が一つの定型である。しかし実際の問題に対するものとしては、三段論法はあまりにも細かすぎて、非力である。例えて言うなら、個々の部材をつなぎ合わせる、ボルトとナットの部分である。これがしっかりしていないと、大きな構造物はできない。しかしこれだけでは、家を作ることはできない。

 そのために、全体像を見晴らすものが必要である。さて、全体像を示す方法には、大きく分けて2つの方法がある。一つは、その構造を数学的な体系などで、記述する方法である。もう一つは、類似例などでモデルを作り、思考実験的に動かすことで、全体を見通していく方法である。2つの差は、登場物の記述がどこまで限定されているか、という面でも説明ができる。数学などの場合は、これ異常変化しない。一方、類推的なものでは、必要に応じて、情報を膨らせることができる。これで、変化することもあり、丈夫なモデルも必要である。

 この2つの違いを知ることは重要だと思う。

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2009年11月11日 (水)

読書に於ける歴史の視点

 少し考えていることがあって、テイラーの『科学的管理法』を読み直してみた。(上野陽一訳)仕事に対する考えについて、色々とヒントに満ちた本である。
 しかし、この本を読む場合には、その本を著述した時代背景を理解しないといけない。確かに、テイラーの言い方には、人を見下したような面もある。しかし当時としては、労働者の立場にも比較的配慮していたと思う。
 歴史を遡り、その時代の背景を見て考えることは、多様な立場を認めることになる。このような思考法を身に付けることは現在の管理者・経営者に一番大切なものだと思う。
 なお、この本は11月28日に新訳がでるらしい。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/447800983X/ref=pd_lpo_k2_dp_sr_2/377-7992477-8033114?pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_r=0PZ0VCYVKEJQZYHBQZ8S&pf_rd_t=201&pf_rd_p=466449256&pf_rd_i=438204121X
どのような訳になるか楽しみだが、当時のニュアンスが消えるのは心配である。

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2009年11月10日 (火)

改善を行うためには条件の安定が必要

 日露戦争の大砲のことを調べていて、今まで見落としていたことに気がついた。大砲には反動があり移動する。そのため、一度発射した後元の位置に戻す必要がある。これは、作用反作用の法則から考えれば、当たり前のことであるが、見落としていた。
 大砲の命中率を上げるためには、前に発射した砲弾が何処に落ちたか知り、目標との関係を見て、修正することが必要である。しかし、その為には、大砲側の条件が変化しないことが必要である。このために、反動での移動を修正する必要がある。
 日清戦争や日露戦争の時期には、このような反動を上手く処理する大砲が実用になっている。そこで、日本海海戦での高い命中率は、このような条件を上手く生かした成果である。
 しかし、これと同じように改善を行うためには、条件が変化しないようにする必要がある。そこを理解せず、改善を求めることが多い。

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2009年11月 9日 (月)

2つの不幸

 日経ビジネス・アソシエのHPで、香山リカさんが鋭いことを言っていた。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20091102/192998/
 現在の普通の幸せが手に入らない、不幸な人は、2通りあるという。
 その1は、派遣切りにあったなど、本当に不幸な人で、滑り台が止まらない現在の仕組みにも、問題がある。現在の会社では、個人情報保護とか言うことで、退職と同時に個人メールなど情報が消えてしまう。これで、つながりが切れて、誰も助けてくれない。
 その2は、頑張りすぎて、普通の幸せを通り過ぎてしまった人である。常に今以上を求める。その結果、安住の場所がなくなってしまう。
 この原因は、やはり優等生が多くなりすぎたことにあると思う。多様さを認めず、いっぽうこうの価値観だけで進むと、止まるところも知らないし、一度外れたら、ブレーキが利かなくなる。
 このため、いろんな経験を積み、視野を広げながら、ほどの良い所に満足することが重要だと思う。

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2009年11月 8日 (日)

設計戦線の最先端

 設計者の立場と言うか、悩みを示す興味深い話を思い出したので、忘れないうちに書いておく。たし、文春文庫の「堀栄三著:大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇」の一節だったと思うが、ある戦車の設計者から、某国の戦車の情報が欲しい、という依頼を受けた時の対応だった。
 そのため、

 「戦車のある部分の厚みを知りたい。それだけわかれば後は何とかなる。」

と言う依頼であった。
 確かに、戦車に使う鋼材は、最先端の物であり、お互いに同じ物を使うであろう。そうすると違いは、どれだけの厚みで強度と重さのトレードオフに決着を付けるかである。特に正面で一番強度を持たせるべきところは、どこかと言うことは、設計者なら誰もが同じように考える部分である。
 そこで、一つの厚みが決まれば全体が想像できると言うのは、十分ある話しである。言い換えれば、設計者が悩むのは、そのようなトレードオフのある仕様を何処に決めるかである。このような情報を、入手すれば設計は自然に流れていく。
 このように技術が安定している場合には、誰が作っても答えが同じようになる。そこでどの数値で決断するかが要点となる。
 なお、この本では、この値を得るために、絶対的な寸法感覚を得る訓練も描いてある。これもスキル訓練として重要な話しである。

大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫) 大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇 (文春文庫)

著者:堀 栄三
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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人間の評価について

 日経ビジネス・アソシエのHPに面白い記事があった。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20091030/192621/

 日本人の他人の評価と言うか、承認には2つの側面があるという発想である。

  1. 表の承認:優れた能力や業績を称える。個性を尊重する。
  2. 裏の承認:和や規律、秩序を守り、分をわきまえていること、奥ゆかしさを尊ぶ。

表の承認を簡単に言えば、成績である。現在は、これが強調されすぎているように思う。この理由として、今の日本を動かしている人たちに、表の承認を得てきた人が多いからと思う。特に、子どもの時代に大きな意味を持つ学校社会でも、『成績優秀者だった先生』に指導されている。彼らは、自分が『表の承認』を受けてきたから、承認を受けられない人間のことが良くわからない。更に、『裏の承認』の重要性が、判らない人も多い。表の承認を、端的に表すものが、『偏差値』である。
 しかし、世の中で物事を上手く行うためには、『裏の承認』がないと、人がついてこない。この裏側で、『対人スキル』重視などと言う表現がでている。これが、建前としての「客観的評価」と微妙に交錯しているため、混乱していると思う。昔、ある学生が、

「就職にも偏差値を導入して希望者評価をして欲しい」

などと発言していた。この発言には、『奥ゆかしさ』や、『分をわきまえる』という観点が見えない。
 さて、このような能力はどうして身につくのであろうか。少なくとも、ほかの人の考えを思いやる想像力を常に働かすことである。
 もう一つ、仏教の実践に、一つの智慧がある。お経のあと、

「願わくは、この功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」

と唱える。皆が良くなれば自分も良くなる、と言う発想である。これを毎日唱え、皆と共に良くなるということが自然と身に付ければ、裏の承認も得やすくなるであろう。

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労働組合の政治発言

 今回の民主党政権では、労働組合を出身母体としている政治家も多い。また、日本特有の企業内組合の制度では、労働組合が経営に関して提案する場合もある。
 ここで、労働組合関係者の発言には、どちらかと言うと、自分たちの主張を通すというものが多く、全体的な視野と言うものにかけるように思うものが多い。
 しかしこれは、労働組合の主旨からすれば、当然ではないかと思う。自分たちの利益代表としての労働組合だから、自分の主張を通せばよい。
 但し、それ以上の経営的発言や、政策への発言を行うときには、それなりの勉強をして、立場を考えて発言して欲しいものである。

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銅資源の重要性

 これから、オール電化や電気自動車が進むと、今までの鉄と比べて銅の需要が増えるように思う。さてこれを日本は、どうして確保するのだろうか?
 日本の鉱山はそれなりに銅を生産してきた。しかしそれよりもっと、豊かなのは、回収資源である。
 今まで、多くの家電製品などで銅を使っている。これを回収することで、かなりの資源を確保できる。鉄も銅も今までの蓄積を使えるのではないか?

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2009年11月 7日 (土)

組織の崩壊について

組織の崩壊の一つのパターンとして、以下のステップがあると聞いた。

1.成功体験に捕ら従来方式に固執する
2.無制限に規模拡大を行って成果を示そうとする
3.リスク管理が出来ずギャンブルを繰り返す
4.救世主を待望するようになる
5.組織として存在価値がなくなる

このパターンは企業の崩壊であるが、この前の選挙の自民党も、総裁と言う救世主依存症であった。また、イノベーションによる雇用創出などと言う議論も、救世主待望論に似た感じである。

 さて、このような状況にならないためには、どうしたらよいのであろうか。第1段階の環境変化に正しく対応することが重要である。経営者・管理者はプロとして、環境変化に対応して欲しい。

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2009年11月 6日 (金)

教師の評価は知識テストだけか?

 近頃読んだニュースに、学校教師の評価を行った結果、不適切といわれている教師がだいぶ出たという記事があった。確かに、問題のある教師もいるだろう。しかし、今回の発表を見ると、IT化など新しい知識についていけない、中高年教師が槍玉に上がっていた。

 しかし、教師の評価は単なる知識だけで測れるものであろうか。子供の話を聞くなど、対人スキルも重要な能力である。そのような能力は、長い間教師で勤まった”先生”には、備わっているのではと思う。その部分の評価が見たいと思う。

 しかし、新技術を勉強しない姿勢は、否定されても仕方ないのか?生徒に勉強しろといって、自分はしていないのだから。 

 

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2009年11月 5日 (木)

1800記事を書いて

 今回で、1800件目の記事になる。2006年に始めて3年間、色々書いてきた。おかげさまで、色々な分野に興味が広がったし、色々な考えをまとめることが出来た。毎日書くということで、材料を探したり、無理に発想したりしたが、結果として色々な財産が出来たと思う。
 この次の節目は、2000件目の記事と、120000アクセス達成である。来年の始めには、これを達成したと思う。

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2009年11月 4日 (水)

自動車産業はこのままでよいのか?

 先般、週刊現代の記事で、トヨタ車のアメリカでのリコール問題を見た。この記事を100%信じるわけではないが、気になる点があるので、もう少しここで突っ込んでみたい。それは、車の中に多数存在して、各部の制御を担当している、マイクロコンピュータの組み込みソフトウエアの問題点である。該当記事では、エンジンなり、ブレーキなり、ここの部分の制御プログラムが独立に開発されているので、総合的な対応が出来ていないと指摘していた。
 これは十分ありそうな話しである。ソフトウエアの設計開発においては、まず厳密性が重要である。仕様書に書いたとおりことを実行する。特にコンピュータ自体は、言われたことしか行わない。そして、プログラムを書く人間は、コンピュータ的知性に同化する必要がある。極端なことを言えば、高機能性発達障害のように、言葉を額面通りにしか解釈しないようにする。これぐらいに集中して、計算機の知性に合わせながら、プログラムを書くと、仕様書どおりに物ができる。このようなものづくりは、いわゆるモジュラー設計と本質的に相性がよい。
 一方、総合的な配慮とは、想像力豊かに、お互いの立場を思いやり、全体として最適な解を求める動きである。これは、上記プログラマーの動きとは本質的に異なる。このような作業は、少なくとも仕様設計者の段階で行わなければならない。この業種をシステムエンジニア(SE)と呼ぶ場合もある。ここで、本当のSEとは、プログラムでの実現にも配慮し、全体最適に判断し、その上できちんとした仕様書が書ける人材である。プログラマに全体への配慮をさせてはいけない。
 さてこのような、SEが育っていれば、本当の意味の擦り合わせ設計が出来て、システム的に最適なものとなるであろう。しかし現在の自動車業界に、組み込みのソフトウエアの実現についてきちんと配慮し、しかも全体的に気を配れる、本当のSEを育てる環境があるのだろうか?
 これが出来ないと、日本の自動車業界の将来は暗いと思う。

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2009年11月 3日 (火)

文官統制について

 自衛隊の制服組と、背広組について、もう少し考えてみた。文官統制などといっているが、これを一般企業の言葉で考えてみよう。
  制服組=現場で苦労している社員
  背広組=オフィスで働くホワイトカラー
  政治家=取締役会
現在の企業では、『現場力』を大切としている。そういう発想なら、制服組をもっと大事にして、トップの政治家が彼らの声を聴くべきだと思う。
 また見方を変えれば、戦前の日本軍部をおかしくしたのは、軍人でも机上で話をする、『参謀』達の影響が大きい。これは、ある意味『背広組』に近い人種である。一般的に、自ら戦場に立った経験のあるほど、戦争の恐さを知り、武力行使には慎重になるものである。机上戦略ばかり述べている人間の方が危ないことが多い。
 これを考えると、『文官統制』は一番危ないように見える。
 しかし、制服組のトップであった某氏が、近頃色々"論文"と称する物を書いているが、あのお粗末さなら、制服組に発言させたくないというのも、判らなくはない。しかもそれに対して、きちんと政治家で叱ったのが、管轄外の石破大臣だった、と言うのも情けない話しである。これでは、政治化主導と言うのも難しいと思う。

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護衛艦の衝突事件について

 関門海峡での護衛艦と、韓国船の衝突事件について、護衛艦側の対応で気に成ることがある。確かに海上交通でのルール上は、たぶん護衛艦が被害者であろう。
 しかし、護衛艦の任務上、簡単に衝突で炎上する、と言うことがあってよいのだろうか?
 護衛艦たるもの、国を守るためには、敵対行動をとる船に対し、故意の接触も行う可能性もある。その時に、簡単に燃えるようなことで良いのであろうか。船首に燃えやすいものを積むなど、覚悟不十分と思う。
 もっとも、交戦規定も確りしていない立場では、炎上ぐらいした後、"正当防衛"と言う話し西ないといけないのかもしれない。
 石破議員なら、これをどのように考えているだろうか?

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2009年11月 2日 (月)

専門家依存と政治家の気概について

 今朝の朝日新聞の、Globeに、自衛隊の「シビリアンコントロール」について書いてあった。本来の、シビリアンコントロールは、『文民統制』でないといけないと思うが、現在の状況は、防衛省の背広組みが、制服組を押さえる『文官統制』である。本来の文民統制ならば、国民の選挙による委嘱を受けた政治家が、自衛隊組織全てを統制しないといけない。しかし現在は『文官統制』となっている。
 この理由は、"軍人"の暴走を抑えるのは必要であるが、素人の政治家では軍事的な決定は危ないので、専門家である『文官統制』が必要と言う発想である。確かに、これは一理あるようだが、これを認めると民主主義は、否定されることにならないか?
 政治家が、軍事と言う大切なことを任せることが出来ない。この現実を、我々は確り認識しないといけない。そして、軍事のことも確り言える政治家を選ぶべきだと思う。

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2009年11月 1日 (日)

長時間勤務で苦しむのは?

 よく言われている図式に

「非正規社員は、派遣切りなど雇用の不安定で苦しみ、正規社員は、長時間労働で苦しんでいる。」

と言うものがある。これは別のように見えて繋がっているのもがある。まず経営者と言うか管理者が、コストを人件費削減としてしか実現できない場合には、人減らしをするか、一定の賃金でこき使え、という話になる。
 つまり、経営者・管理者に、

「現状を打破して新しく利益を生み出すための智慧が、備わっていない」

から、このようなことになる。
 しかし、労働者の長時間労働には、もう一つの理由があるように思う。それは前にも書いた、『精兵主義』である。

「有能な人間なら、この時間でできる。だから標準時間はXXである。従って、この時間で出来ないのは、お前が悪い。」

このような発想が、まかり通っているように思う。確かに、有能な人間の仕事振りに、合わせる努力は必要であろう。しかし、それにも限度がある。また方法論もきちんと整備しないといけない。そのようなこともせずに、トップの数人ならできる時間を、標準時間と言えば、多くの人間には、残業時間の山となるであろう。

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トヨタ方式と精兵主義

 トヨタ方式の生産現場や、セル生産の導入について聞いていると、いつも思うのだが、その生産に従事している人の、身体能力や知的能力は、非常に高いものでないとついていけないと思う。
 これは、旧日本軍の精兵主義に通じるものと思えてきた。
 ある程度の規模なら、有能な人間をそろえることもできるだろう。また、厳しい話しを言えば、非正規雇用で試しておいて、使える人材だけを正社員にする等の手法も使えるかもしれない。
 しかし、大きな会社が多数の人材を確保するとした時、平均人材でできる仕事の仕組みが必要である。精兵主義には限界がある。

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信用する条件

 ある人が言うことを信用するのはどのような条件だろう。
 一つは、その人自体を信用する、である。もう一つは、その発言の中に、事実が含まれている。
 しかしもう一つの条件があると思う。それは、その意見を出すための方法論がしっかりしていると言う、評価基準である。この評価をきちんと行うことが、間違わないための条件だと思う。

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