ご縁のあった人たち

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2010年8月 8日 (日)

学者と芸人

 来年度の予算について、色々の議論が出ている。さてここで、いわゆる『文化人』達の、文化保護などの名目での出費について考えてみたい。確かに、保存しないといけないモノもある。
 しかし、一部の『文化人』や『芸術家』の先生方は、

「自分がよいことをしているのだから、国家が金を出すのは当然である。」

と考えてらっしゃる方がいるように思う。もっと露骨に言えば、

「下々の者は、我らの高度の芸術は理解できないから、口出しするな。黙って金を出せ。(献上しろ)」

と言う発想である。うかつに、下々の人間が、評価的な発言をしようものなら、

「無礼者」

と斬り捨てられる。挙句の果てに、この手の発想が、

『事業仕分け』で「何故これが必要」

と斬って捨てられることになる。一方、同じく伝統芸術を受け継いでいても、芸人の伝統のある師匠たちは、

「我らは河原乞食の伝統がある。道端で筵を引いて、芸を演じる。そこで、お客様からお金を頂けなければ、野垂れ死にするまで。」

と言う潔さがある。ここで、厳しい評価にも生き残るたくましさが出てくる。私が金を出すなら、自分で評価して、納得の行くところに出したいものである。 

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