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2011年5月29日 (日)

算数の教え方について

 数学について、考え方を整理している。数学で使う論理は、シンタックスとセマンティックスをきちんと分けている。形式的なものと意味的なものである。形式を上手に使えば、効率的に考えることができる。しかし、形式的なものだけだと上滑りする。そのためには、適宜意味の世界に戻ることが大切である。
 シンタックスとセマンティックスなどと言うと、大げさに聞こえるかもしれないが、算数の四則演算を教える場合でも、このような考えは必要である。

 例えば、掛け算を教える場合を考えてみよう。
 九九の表を覚えさせるのは、数字の書き換えを無理やり覚えるシンタックス処理である。
 しかしこれを、例えば

「2個のおはじきが、3組あると6個になりますね。これを、2×3=6と言う風に掛け算で表します。」

と言う風な表現は、意味の世界になる。

 特に分数の割り算を教えるときには、このような考え方をもう一度見直してほしい。乗算の逆演算として除算を考える。逆元は、分子分母をひっくり返したものである。従って、割り算は、分子分母をひっくり返したものを、乗ずればよい。
 しかしこれを、もう一度具体例で教えるのもよいのではないか。

「例えば、3つの饅頭があります。これを半分づつ分配すると、何人にわたりますか。6人ですね。これを、3÷(1/2)=6と計算します。分母の分だけ、分けるものが多くなります。従って3×2を実行します。その後分子の1がいくつあるか計算する。このように考えると、分数の割り算は、分母をかけて、分子で割ることで、分数の割り算ができます。」

但し、教える方は、一度シンタックスとセマンティックスの関係を、ゲーデルの完全性定理まで踏み込んで理解してほしいと思う。

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