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2011年7月28日 (木)

読書感想文の書き方(続編)

 昨日に、読書感想文の書き方に、中学2年の昴氏からコメントが付いた。主要点は、

書かれている人物に寄り添うということは大事だと思います。
しかしながら、それ自体が難しいのではないかと私自身、思うのです。

と理解した。これができないというのは、なぜか考えてみた。
 まず、「描かれている人物の心に寄り添う」という表現は、抽象的であり、もう少し具体的に考えてみたい。例えば、菊池寛の『形』を題材として考えてみたい。青空文庫のリンク先を挙げておく。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/4306_19830.html

 ここで、ターゲットすべき人物は、やはり主人公の「中村新兵衛」である。彼の立場を考えると、その地域では有名な、『大豪の士』であった。これを自分の経験で考えてみよう。例えば、どのような分野でもよいから、
  「あいつにはかなわない」
と友達から、見られているということがあるか考えてみる。自分でなければ、他の人でも
  「あの人ならば」
と言われている人を、想い起してもよい。
 さて、この様な人の、『シンボル的』な動きを思い出してみよう。
 サッカーの場合で考えると、『XXさんのシュート』は止められない。『XXさんがキーパーだから』コーナーを決めないとクリアされる。このような例である。

 次に、『形』の展開は、自分の形を貸した、中村新兵衛が苦戦するくだりである。これも、自分で経験していないか、考えてみよう。例えば、上記のサッカーの件では、「『無名のキーパー』だから、落ち着いてシュートできた。」と言うような例がなかったか?しかも、もう少しひねれば、『そのキーパーはよそではすごい実績があった』と言うような事態である。

 このように考えてみると、菊池寛の『形』と言うのは、結構自分の身近で発生していることを書いている。このように思ったらそれを、文章にすれば、一つの感想になる。

 このような手法を、教えてもらっていないと、感想文を書くのは難しいのではと思う。なお、感想は人それぞれのものである。どれが正解と言うものではない。授業形式とは相いれないものがあるが、本来の勉強は個人で分かれるものである。読書感想文の難しさは、正解主義の過剰な働きにあるのではと思う。

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