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2011年7月 3日 (日)

日の丸・君が代の歴史認識を言うなら

 大阪府の条例制定に関連して、「『日の丸・君が代』の歴史認識」の議論がいろいろ出ている。特に学校教師の、個人の尊重などと言う議論が目につく。
 さて、ここで1945年の終戦直後の社会を、もう一度考えてみたい。

敗戦の時点で従来の教科書を墨塗りし、
   「天皇陛下万歳」
から
   「マッカーサー万歳」または「共産主義万歳」
に、多くの人間がひっくり返っていった。

 特に学校教師は、今まで戦争に非協力的な人間を
   「非国民」
と厳しく指導していたくせに、上記の両路線に転換していった。彼らの言い分は、
   「教育勅語的教育を押し付けられたせいである」
と言うものである。つまり、
   「自分たちは『日の丸・君が代』教育の被害者で無罪である」
と言う論法である。

 しかし、戦時中の彼らの行動を見ると、とても押し付けられた行動とは思えない。群の横暴と言うが、それ以上に強制を拡大したのが、教師であり、町内会の顔役であった。
 そして彼らが、戦後では社会党の活動家になり、
   「われらは天皇制の被害者である」
と声高に主張していた。
 このような歴史認識も必要ではないか。

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