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2011年8月24日 (水)

法律が完全な社会が良いのか?

 あるテレビ番組で、

「憲法を改正しないと、『自衛隊と言う軍隊を持っているのに戦争放棄』と言うウソを子供に教えるので良くない。」

と言う発言を聞いた。確かに一理あるように思う。子供の時から、建前と本音と言う使い分けを見せられることになる。

「学校で教えている文面と現実とは違う。」

と言うことを子供が知るというのは、望ましくないという意見である。

 しかし、学校の教えるとおりに世の中が動くという発想は、本当に正しいのであろうか?モノづくりの世界では、学校の教科書通りにまずつくる。そこで現実との対応で、色々トラブルが生じる。それで悩み、もう一度考えることで実力をつけるのである。

 もう一つ言えば、日本の戦後の復興から高度成長を支えた人の多くは、小学校時代に墨塗りの教科書を経験したり、戦中と戦後で寝返った人たちを多く見ていた。その中には学校教師も含まれる。

 彼らは成長すると、学生時代に安保反対の学生運動をして、そのあと自民党の代議士になって、アメリカさまさまとなったりしている。

 このような人たちは、何事にも疑い本質を考えるようになるではないか。教科書通りの単純な世界は、本当に良いのであろうか?

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コメント

この世にないことをこの世で話せば、嘘になる。つまり、非現実の内容は、現実の中の嘘である。
現実はこの世の内容であり、理想はあの世 (非現実) の内容である。あの世のことは、この世にはない。
建て前と本音は、全部この世の内容である。
非現実 (理想) を現実化 (実現) すれば、それは創造である。
現実を他所で再現すれば、それは模倣である。
日本語には時制がなく、日本人の考えには非現実 (過去と未来) がない。

非現実を現実化するには、それ相当の現実対応策が必要である。
問題解決の能力により、現実対応策は作られる。
現実対応策ばかりを求めていると、賽の河原の石積みのようなものか、復旧工事の繰り返しにしかならない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

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