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2011年8月 8日 (月)

日本的な政治形態について

 日本的な政治形態について少し考えてみた。まず日本人は、法律を適当に解釈し、それよりお上の好意を信じる向きがある。これは、法の前で正義を衡る欧米の発想とは、根本的に異なっている。ここで日本人はお上の能力を、信じている。これは、お役所の能力を信じることにも通じている。
 この原因の一つは、科挙的な発想があると思う。先日「テンペスト」を読んだが、その中では科挙の受験性が外交政策等を作成するのが、科挙の試験問題であった。色々な想定事態に対して、一番すぐれた政策を提案する人間を、役人とする。このように能力を確認した人間が役人となっている。だからお上を信じろというのはある意味で説得力がある。
 このような役人の能力を示したのは、明治の文明化開化であった。欧米文明を理解できる人材をそろえた役人は、明治からの大正にかけては、日本のかじ取りをそれなりにうまく行った。さらに、日露戦争では、戦勝に沸く大衆を冷静に抑えたのも、軍幹部と官僚であった。
 しかし、第2次大戦時の軍部などを見るように、自主的に新しい答えを出す人材は、このような官僚制度では、あまり生まれていない。
 さらに、ネット社会による情報公開、大学進学率の高水準化などの高学歴社会で、このような制度はうまくいくのであろうか?現在この国の制度を考え直す時期に来ていると思う。
 松下政経塾を出たらよい政治家になれるという発想では、この国難は乗り切れないと思う。

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