ご縁のあった人たち

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2011年9月19日 (月)

大女優が存在しなくなる

 昨日テレビを見ていて、

 「韓流ドラマが多すぎる。」

という議論があった。そこで出た議論は、

「日本のドラマは、ストーリーはお粗末、役者はパッとしない。韓国に負けるのは当たり前。」

であり、私も納得してしまった。そこで思ったのが、

「近頃の大女優は誰だろう。」

と言う疑問に、明快な答えがでなかっと事である。吉永小百合・・・夏目雅子、と来てこの次が思い浮かばない。仲間由紀恵と来ても少し違うように感じる。

 そういえば、近ごろのタレントの売り出し方は、単品でなくセット販売が目につく。xx娘とか、xx48と言う形でセット売りしている。挙句の果てに、そのメンバーのモンタージュ合成した子が、人気が出たりする。

 そこで、「たかじん胸いっぱい」で、遙洋子さんの発言が参考になった。

「近頃は依怙贔屓するディレクターがいなくなった。」

確かに、遙洋子のような癖のあるタレントを使うには、かなり個性的な企画者が必要であり、『依怙贔屓』と言われる覚悟が必要である。
 しかし、大女優と言う者を育てるにも、最初は誰かが発掘し、『依怙贔屓』と言われるぐらい使い、わがままを認めるぐらいの特別扱いが必要である。

 日本と言う国は、どうも平等大事で、「どんぐりコロコロ」になってしまったように思う。政府まで、どんぐりの背比べ内閣になってしまった。そして落ちは

 「泥鰌が出てきてこんにちは!」

である。書いている方があほらしくなってきたのでこれでおしまい。

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