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2011年10月 2日 (日)

教育の自由論について

 大阪府の橋下知事の、教育に対する施策に対し、色々な意見が聞こえる。
 しかし、
   「教育の自由」
と言うのが
   「教師の自由」
と履き違えられているように思う。「教育の自由」を言うなら、授業を受ける生徒にも、
   「下手な教師、問題教師に対する拒否権」
が与えられるべきである。橋下知事は、国歌国旗論争で以下の趣旨の発言をしていた。

「子供や父兄が、信条に従って、国歌斉唱時に起立しない権利はある。
しかし、公務員である教師は起立に従うべきである。」

これがどこかでくるって、

「教師には自由があるが、子供や父兄は先生さまに従え」

と言う感じがする。

 この話、自衛隊のシビリアンコントロールでも聞いた感じがする。本来のシビリアンコントロールと言うのは、ビスマルクのような見識ある政治家が、軍隊関係者の行き過ぎを抑える仕組みである。
 しかし日本の自衛隊は、防衛相内部の背広組が、コントロールすることになっている。このような、間違った制度の導入がこの国をおかしくしているように思う。
 もっとも、民主党の大臣に自衛隊をゆだねるのは、怖いと思う。
 チャーチルやビスマルクと『どんぐりや泥鰌』を一緒にするのは、あまりにもひどすぎるかもしれない。

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