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2011年11月13日 (日)

学問の用途について

 先日一寸思ったが、世の中では、社会学者が色々と発言している。一方、哲学者の発言は、エッセイ的なもの以外はあまり、社会への発信は少ないように思う。
 これでもう一歩踏み込んでみた。学問の現実への実用は、大きく分けて3通りがあると思う。
 まず、物事を理解するための学問である。また本質をしっかり追求するための学問である。哲学がこの代表であろう。次に、現実にあるモノの説明と、他の人に説得するための学問である。社会学がこの代表である。ヴィーコの学問の方法は、雄弁術と関連していた。
 一方、物事を作るための学問がある。工学はこの代表である。
 この3者はそれぞれまなび方が違っている。しかし基本になるのは、自然の理解であり、哲学的センスは、基本として重要である。但し、そのような厳密な思考は、実用に難がある。そこで、説明の学問や、設計の学問が出てくる。この違いを理解するためには、カントの「判断力批判」をしっかり読めば、よいと思うのだが、自分でも読み切れていない。

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