ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« 私が勉強の方法について考えた理由(その5) | トップページ | 私が勉強の方法について考えた理由(その7) »

2011年12月23日 (金)

私が勉強の方法について考えた理由(その6)

 社員研修に携わっているときに、1冊の本と一つに重大概念と出会いがあった。一つは、ヴィーコの「学問の方法」である。岩波文庫から出ている薄い本であるが、考え方の変革を引き起こす材料は十分あった。私なりの読書ノートはここにある。
 http://homepage3.nifty.com/manabizz/Gakumongaiyou.pdf
 特に今までの、プログラム的思考法は、デカルトの方法に近い。これに対する反論として、ヴィーコの考えは新鮮でもあった。もっともこれが本当に解るには、10年程度の時間を要した。

 もう一つの出会いは、『暗黙知』との出会いである。これははじめ、ヘイグの「理論構築の方法」の翻訳者である、野中郁次郎氏の関係で引かれた。しかし、原点へと言うことで、ポランニーの「暗黙知の次元」を読み、野中流の『暗黙知』ではないということが分かった。
 私の好みでは、『ポランニーの暗黙知』の方が大切だと思った。これについては、自分なりにまとめたので見てほしい。
 http://homepage3.nifty.com/manabizz/polanyi.doc
 この本も、ある程度分かったという感触を得るまで、10年程度の時間が必要であった。
 これらの本が解ると、ヘイグの「理論構築の方法」に関しても、なんとなくわかってきた。なお、「理論構築の方法」を本当に理解するためには、ヴェーバーの著作を読む必要があった。
                                         (続く)

« 私が勉強の方法について考えた理由(その5) | トップページ | 私が勉強の方法について考えた理由(その7) »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 私が勉強の方法について考えた理由(その5) | トップページ | 私が勉強の方法について考えた理由(その7) »