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2011年12月25日 (日)

私が勉強の方法について考えた理由(最後)

 このように色々な分野を勉強していると、学校で学んだ知識、本で読んだ知識の活かし方が少しづつ見えてきた。具体的には、抽象理論世界と具体的な現実世界との対応を、見つける方法である。
 このためには、一般意味論の抽象のはしごと、パースの記号論の考え方が、役に立ったと思う。
 http://homepage3.nifty.com/manabizz/pierce.pdf
 http://homepage3.nifty.com/manabizz/Chushou.pdf
 しかし、まだまだ分かってきたことがある。特に科学哲学に関しては、もう少しカントを勉強すると、もっと整理できるのではと思う。現在『判断力批判』を読んでいるが、難しくて苦戦したいる。なお、西田幾太郎の哲学、特に『行為的直観』は、納得についてよい見通しを得た。もっとも西田哲学に関しては、高校生の時に読んだ、『公案:実践的禅入門』の『臨済赤肉』に関する一つの答えと言う感触もある。
 その他、国語の読解方法に、その中の人の心に寄り添う読みも、今まで見落としていたことである。

 ただ、せめて40年前に、このような『勉強の方法』を知っていれば、もっと効率的に勉強できたのではと言う反省がある。
 このブログと、HPがそのような人の参考になれば幸いである。

 http://homepage3.nifty.com/manabizz/index.html

                                                  (完)

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