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2012年6月17日 (日)

工学の教育について

 今朝の朝日新聞GLOBEーG8は

どうなる、工学部
「デザインする力」を
取り戻せるのか

と言う記事を載せていた。趣旨は以下のとおりである。

 

日本の製造業がアジア諸国との競争で苦戦している。その鍵として、技術開発と人材育成において、基礎となる大学の工学部の役割が、

 

「研究成果を社会で役立てる工学本来の使命を忘れていないか」

と言う指摘がある。また、「日本技術者教育認定機構(JABEE)」が、国際的な認証の審査を受けた時

「日本の工学教育は、科学的な原則を教えることのみに重点が置かれ、それを設計(design)の文脈の中で応用する点が弱い」
「他の国々と異なり、設計面での実地体験が少ない」

と言う指摘を受けている。ここで言う設計は、広い意味の設計で構想力などを用いて必ずしも正解のない問題に取り組み、実現可能な解決策を見出すことである。
 本来の日本の工学は、学問と訓練の両立を目指して、東京帝国大学に世界初の工学部が生まれた伝統がある。しかしながら、この20年ほど、研究面でも分析的な科学に偏り、技術につなげる本来の工学が弱っている。その背景にあるのは、大学の「論文重視」の流れである。1980年代以降、研究評価を学術雑誌への論文掲載数を重視して行っている。
 これを打ち破るためには、

   

「全く新しい発想」

が必要であり、そのような「設計力を鍛える教育を体系的に行う」試みが、大学と企業の両者の協力で開発される必要がある。そして、現在進んでいる。

 この意見は、おおむね賛成であるが、一部突っ込み不足があると思う。まず、日本の大学工学部が、理論(論文)重視に舵を切った一つの要件は、1960年代のアメリカの動きである。当時ソ連の人工衛星『スプートニック』ショックにより、基礎的な物理学を重視して、経験的な前例主義から、理論的解明を重視した、工学と言う学問を再構築する動きが出ていた。この文脈で見ると日本の論文重視も、アメリカ追従の日本行政の性格がよくわかる。
 もう一つ言えば、1960年代終わりの学園紛争である。冬至の候学部に在学した人間として言うが、あの時代の「産学共同追求」の動きは厳しいものがあった。確かに、企業の御用学者の一部不正もあった。しかしそれ以上に、やりすぎた糾弾の結果、大学の方向を安全サイドの学問特化に進めた効果があったことを指摘しておきたい。
 間違いのある可能性のある曖昧なことを言って、糾弾を受けないためにも、象牙の塔の中での、論文ゲームに尽力するのが、大学人としての生活の知恵であった。

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