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2012年6月10日 (日)

右手と左手の関係

 ピアノの演奏では、右手と左手の曲は、独立なのか、一体化しているの、少し考えてしまった。
 一体化した曲の一部として両手の協力でできているのか?
 2つの曲の絡み合いで新しいものが創発しているのか?
これはどちらもありそうな気がする。
 しかし、一人の人間が、手は2本あるとは言っても、2つの別々の曲を弾けるのであろうか。
 そこで思い出したのが、記憶が定かではないが、心形刀流の「無拍子」に関する、一句である。

「無拍子は二刀を用いる始めなり」

これは、両手に大小の刀を持ち戦うとき、左右の手が独立に動くことを示していると思う。このようなことは可能である。人間の体にはまだまだ可能性がある。それを単に両手があるから、それぞれの手に刀を持つというのではない。

 しかし、それぞれの手が、独立に動いていても、それを離れた立場で統一した目で観る力の存在も忘れてはいけないと思う。

 安易なレベルで満足せず、本物を求めることが大切だと思う。

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