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2012年7月 1日 (日)

ゆとり教育に関して今一歩

 前に書いた、学校教育において、

生徒のレベルは、最低限を確保し、誰もが到達できるようにする。

と言う理念は、ゆとり教育の理念そのものである。その中には、

自分たちには出来なものがある
必死でチャレンジしないといけない

と言うような考えは、一般生徒には持たせなくてもよいという、意思決定があったはずである。

 さて私が問題としたいのは、このような意思決定のプロセスが、私たちに知らされていなかった言うコトである。どうも

『ゆとり教育』は、文部科学省の1官僚が主導して決めた

と言うのが通説らしい。

 しかし、国の将来の活力を左右する意思決定が、国会などで議論されずに決まるということが、納得いかない。消費税額も大事かもしれないが、教育の根本的な方向転換や、国民の価値観変更のな議論は、しっかり国民の目が届く議論が必要と思うのだが、文部官僚の一部の動きで決まるというのは、この国がおかしくなった理由ではないかと思う。

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