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2012年7月26日 (木)

数学理論の成立に関して

 数学を勉強していると、非常にきれいな体系で、あたかも自然の語るものを受けているように感じる。しかし、指数関数と三角関数の関係を示すオイラーの式を見ていると、何か偶然に出会ったようにも感じる。
 理論的に説明できる部分を、棒のように振り回していると、他の棒と交わる時がある。そこで網を作るようになっていくと理論が成立していくように見える。
 これを例えれば、自分が解っている部分の棒を振り回してどこかに引っかかるのを持っている、イメージがある。全能の神の前で、人間が部分的な知識を構築している図式である。カントの本を読むとこのような世界がよくわかる。
 一方日本の場合には、どこか自分ですべての真実が解るという感じがある。これは、華厳や真言密教の教えにある、自分の内にある大日如来と言う発想があるのではと思う。西田哲学の行為的直観もこのような発想がもとにあるのではと思う。

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