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2012年7月 5日 (木)

対話の定義

 今朝の朝日新聞のオピニオンで、平田オリザさんの面白い意見が載っていた。
 まず、彼の会話と対話の定義が参考になる。

会話とは、親しい人同士のおしゃべり。同化を促す。
対話とは、異なる価値観のすり合わせ行為。

日本語は、狭い村社会で皆のきずなを合わせるための言語である。しかし、多様な価値観を受け入れるためには、不十分な面がある。日本だけでなく、ドイツやイタリアのような近代化を急いだ国は、対話の技法が育っていない。

 討議の勝ち負けを重視するのではなく、合意形成のための対話が今後必要だと思う。

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