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2012年7月 6日 (金)

日本の民主主義教育の限界

 日本の民主主義は、住民も政治家(議員達)も成熟していない。これは、多くの人が認めている事実である。その基本となる『対話』ができていないというのは、昨日も書いたとおりである。対話の基本は多様な価値観を認めることである。
 しかし、基本的に民主主義について、色々な観点で議論されていない。私が、高校時代に学んだ時も、

「哲人政治や啓蒙的専制主義もよくない。」

と言う一言だけであった。チャーチルではないが、

「民主主義は非効率だが、他のものよりまし。」

と言うコトも教えられていない。さらに

「民主主義は、健全な野党による検証が入るところが良い。」

と言う基本的な説明もなかったように思う。

 考えて見れば、日本の教育は、正解の押しつけであり、多様な中から選ぶ。特に

「ベストとは言えないがましなものを選ぶ。」

と言う発想はないように思う。
 このような話題なら、生徒に教師がやり込められそうである点も、多様な見方を正解主義で封じているのが、現在の教育システムであるように思う。

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