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2012年11月 3日 (土)

教育における専門性と閉鎖世界の弊害

 教育制度について色々と議論が起こっている。その一つは教育委員会制度と、政治の関与の問題である。この中でも、気になる論調は、一部大学教授などが言う

「教育は専門性が高く、素人の政治家などが口出ししてはいけない。」
「今うまく行っている学校制度に口出しするのはけしからん。」

と言う言い方である。
 この論法の前半には、確かに同意する。教育と言うものは専門性の高いものである。しかも、結構素人が口出しして、おかしくなることも多い分野でもある。但し、専門家と言う人間の口出しでも、『数学における幾何学排除』、『ゆとり教育』など、歴史が証明する間違いもあった。
 更に後半の意見には、全く同意できない。いじめ問題に関しても、学校及び教育委員会の事なかれ主義・隠蔽体質は明らかである。また教育現場での、事故の発生も明らかになっていない部分が多すぎる。これが一般企業だったら、事故死が一人出たらどれだけの原因究明喉を行っているか。今のシンドラーのエレベーターでも、マスコミは厳しく追及しているが、部活などで柔道の指導中に、後遺症が出た事例などの追求どころか、事例の報道も(あったとしても)小さいものである。
 このような、ことを考えると、教育に関しては、まず問題があることを認めて、制度を検討すべきであろう。

 しかし、田中文部科学大臣が、一気に大学を認めないと出たのは、ある意味心情的に解る面もあるが、行政手続きとしてはどうかと思う。このようなことをすると、
 「政治の気まぐれから教育を守れ」
と言う議論に力を与えるようになってしまうのではと危惧する。

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