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2012年11月16日 (金)

国語の勉強について

 

「国語」入試の近現代史 (講談社選書メチエ) [単行本(ソフトカバー)]
を読んだ。この本に書いている、(大学)入試での客観性重視と言う議論は、今まで思っていたことを、かなり明確にしてくれた。
 私個人としては、国語の読み方をもう一度考え直すことが、本当に頭の良い人材を作るために重要と考えている。このためには
新釈 現代文 (ちくま学芸文庫) [文庫] :高田瑞穂著
で、示している、「人の心に寄り添う」読み方の実践が重要である。自分と異なる体験をした人の心に寄り添うことで、そこに共感し感動する。そうして、色々な考え方に触れることで、自然と人の心や、自然環境に対する理解も深まっていく。
 このような、読み方をするための、必要条件として、まず書かれたことを、情報として理解する、論理的な読み方を身に着けないといけない。このような論理的な読み方に関しては、正解があり、客観的な評価を行わないといけない。
 しかし、論理的な読み方だけで、国語の能力を限定するのはさびしいことである。文章には力がある。その力の一つは、豊かな感情が示している。感情を理解するためには、その著者の心に寄り添うように、文章中に棲み込む経験も必要である。但しこの経験は主観的なモノである。従って、入学試験の役にたつかどうかは疑問である。
 ただし、勉強と言うものは、試験のためだけにするモノであろうか。国語の勉強で、多様な人間の心に触れることは、実世界での生きていく上で、大切な力を与えるものである。また具体的な仕事の能力としても、人間の理解と言うことは重要である。このような、方向付けをきちんと教育の中で行っていないから、入試だけに振り回されるようになる。
 もっとも入試至上主義の方が、教育勅語的権威に支えられた、「教師絶対主義」の教えよりは、ましなように思う。(ここで、『教育勅語』と言ったのは、左翼的な日の丸反対教師の癖に、牽引ばかり振りかざす教師が、少なくないと言うことを踏まえている。)

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