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2012年11月13日 (火)

国を考える人材育成について

 この国の、教育制度を見ると、どうも横並び意識が強すぎるように思う。特に、小学校から高校までの教育では、最低限の確保に重点を置きすぎて、伸びる子を伸ばしていないように思う。例えば、算数の掛け算でも、できる子なら暗算で3ケタ×1ケタ(2ケタでも状況により可能)と言う場合は多い。しかし、最低限の実現と言うことでは、一桁ごとの筆算となっているらしい。
 さらに、現状を見ると、教育制度自体が、『失敗しない』ことを優先させすぎているように思う。これは、言い換えると、チャレンジさせないと言うことでもある。この一つの理由は、ネット社会での情報溢れが一つの原因となっていると思う。もう一つ言えば、数値的な処理が進み、偏差値による進学可能性の予測精度の向上である。さらに、18歳人口激減社会は、大学の余り状態になり、偏差値階層がきちんとできているので、どこかの大学には入れるという仕組みとなっている。私が受けた40年以上前の入試は、色々な不確定要素があり、チャレンジの余地もあった。しかし今の入試では、進路指導が安全サイドに抑え過ぎているのではと思う。
 さてもう一つの『失敗しない』理由は、ネット上の情報にある。自分の恥をさらすようだが、学生時代に書いたレポートなどは、レポートの趣旨自体を全く理解していない代物である。模範になるものもなく、色々手さぐりで書いていた。そして、会社に入ってから、調査報告とはこのようなモノかと言う『解った体験』から、力が着いていったように思う。しかし現在の、Web上の情報は、このようなレポートの書き方や、考え方など多くの資料があふれている。教科書にしても、私たちの数学の教科書と言えば、高木先生の『解析概論』であり、これで分からないならどうしようもないという状況であった。今の教科書の親切さとは比べ物にならないが、逆に自分で噛み砕く力が着いたと思う。
 もう一つ、日本の教育で、困った問題は、体育競技の問題である。欧米では高校レベルのエリート校の一部では、運動競技において、自分でルールを考えさせる訓練をしている。そうでなくても、運動競技でリーダーシップなども考えさせるようにしている。ここでも日本の教え方は、教師の決めたルールに従う人間を作っているようにしか思えない。
 このように枠にはめた教育は、一定レベルの人間が横並びに突撃する、均一大量生産ではよかったかもしれない。しかし多様化する日本では、その場その場で判断し、工夫し成長させる人材が必要である。
 このような状況を考えて、チャレンジし総合的に考える人材を育てるために、少しでも役に立ちたいと考えている。

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コメント

こんにちは。早速記事を拝見致しました。
枠にはめた学歴重視の教育も、子どもの競争心を削ぐような横並び教育も、何だか極端なシステムだなと思います。私は枠にはめた学歴重視の教育を受け、それを何も疑わずに一生懸命勉学に励んできましたが、なんだかとても窮屈な人間になってしまいました(勿論これは私自身の性格や家庭環境等も影響していますので、教育や社会の責任にするつもりは全くありませんが)。なぜ、窮屈なのか…それは社会の評価=自分への評価だからです。学歴、学校の成績などは努力すればある程度のところまでいきますし、教わったことを素直にこなせば良いだけでした。今思えばこんな楽なこと(根気や努力は必要ですが)なかったです。それを自分自身の“頭の良さ”や“将来の約束された幸せ”などと勘違いして、自分や人を目に見えるものでしか評価できない。いつも心は優越感か劣等感でいっぱい。大人になるにつれ気づいたのは、人の価値や評価はそんなものではないということ。でもまだまだ学歴社会は残っているし、そういう社会で生きる限り、何だか生きづらいなぁと感じます。それを跳ね除けるだけの勇気と度胸と割り切りが私には足りないようです。しかし、今まで十分学歴で評価し、ルールに従う人間しか養成してきていないのに、社会に出る目前にして「自分で創造できる生産性のある人間が欲しい、あ、でも前提として学歴は必要だよ」みたいに言われると、混乱すると思うのですが…。かといって、子どもの競争心や向上意欲をはじめから削ぐ横並び教育も意味不明です。そういう横並び教育の中でも上に行きたい、行ける経済力や教育力のある家庭の子どもは結局学校とは異なるところで英才教育を受けていますよね。結局は学校を出た後の社会が学歴でなく実力主義のように、またチャンスも平等に与えられるようにならないと学校教育は変わらない気もします。うまく言いたいことがまとまらず、論理的でないですが、若造の意見だとお許し下さい。

コメントありがとうございます。
今のこの国では、自分の評価を自分で行うことは非常に難しいです。
私が、このブログと関連ホームページでささやかな抵抗をしているのは、自分で評価する力を持った人を育てることに役立ちたいというのが一つの動機です。
貴女のように真面目に悩む人が出て、その人たちが答えを見出すことができれば、この世の中はもっと良くなるでしょう。
また遊びに来てください。

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