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2013年1月10日 (木)

学校教育における権力の崩壊

 大阪の桜宮高校の体罰問題に関して思うことは、学校社会における権力の構造の変化である。これは私の40年以上前の経験なので、今と少し違う面もあるかもしれないが、学校社会には、2種類の非正規権力が存在していた。一つは、進歩的知識人的権力で、多くはできそこないのマルクス主義に毒された若い教師の一群である。もう一つは、いわゆる体育会的な権力であり、これには生活指導と言う切り口で、色々指導していた。
 両者の指導ぶりは、進歩的知識人たちは、口による指導が中心で、特に会社経営者などの人権人格を無視する、特に当時の自民党政治家を悪く言うなどのが多く、子供のころから政治不信を植え付けることに注力していた。ソ連万歳・金日成万歳と言う教師も散見した。つまり北朝鮮拉致被害者を、迫害した1990年代までの社民党のようなものである。
 一方、体育会系の方は、手を出すことも多く、自称「愛の鞭」などと言う形で、びんたなどを行っている。進歩的知識人は、北朝鮮の拉致問題で、旧社会党系が没落してから、少しは大人しくなったが、体育会系の方はまだ生き延びていたようである。今回の体罰事件には、このような体育会系の聖域意識が絡んでいるのではと思う。
 もっともいうことを聞かない生徒に対しての、手が出ることに関しては、同情の余地もあるが、昨日も書いたように、無能な指導力を暴力で補うなどのことに関しては、弁解の余地はない。
 ただし、教職員組合の進歩的知識人も、こと教師の権利と言うことで一体化して、体育会系教師と連合していたことも指摘しておく。私の知り合いで、体育教師の事故隠しのため、足の関節をいじられ、現在身障者になったものがいる。その時担任の(熱心な共産党員)教師は、  「あの先生にも生活があるのだから、余計なことを言うな。」
と厳しく指導したと言うことである。
 このような教師間のかばい合い体質に関しても、今回はメスを入れて欲しいものである。

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