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2013年1月 3日 (木)

尊敬について

 色々社会を見ていると、今の日本は金銭的評価について大きく言いすぎているように思う。反対に感謝や尊敬の心が、弱くなっているように思う。仕事をしている人間にとって、支払われる給与も大切であるが、感謝や尊敬などで認められることも大きな意味がある。
 しかし、今このようなものが薄れて、クレイマーやモンスターペアレントが生まれている。
 この理由を考えて見ると、一つは学校の先生に対しての、尊敬が薄れたこともあると思う。
 このことに関して、私たち老人は一つの事実を若い人たちに伝えて、考えてもらう必要があると思う。
 一九四五年の8月15日の敗戦以来、この国は大きく変わった。特に、戦中は
   「お国のために立派に戦え」
と色々と皆に言っていた人間が、言い方を変えるようになった。つまり、自分たちは戦争協力などしてないという姿勢になったのである。それどころか、東条英機批判となって、
   「マッカーサー万歳」
と言う人種が増えたのである。そのような変節者は学校教師にも多くいた。彼らの理論的根拠は、
   「我々は教育労働者で上から言われた通り伝えるのだから責任などない」
と言うものであった。つまり、自分の教え子を戦場に送り出した責任などないという論法である。
 この立場では、変に尊敬されても困る。
   「先生さまの教え通りに、息子を戦場に送りました。」
と言う言葉から逃げるためにも、「教育労働者」と言う言葉を強調し、逃げた人種がいたことはしておいてほしい。
 先生が尊敬されなくなった一つの理由はこのような話もあると思う。

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