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2013年2月 7日 (木)

監督コーチの役割について

 今朝の日経BPのHPを見たら、スポーツの体罰問題に関して、
   「師匠が教えることができるのは「型」だけ」
と言う極論が載っていた。

 これは教える側で、謙虚な言い方をするなら、このような考えもあるかもしれない。また一部の武道では、実際このような教え方もあったよう聞いている。例えば、大東流の武田惣角の教え方は、一つの技の存在を教え、自分のモノにするのは、弟子に任せる形であった。

 しかし、実際にはコーチなどと言う立場では、もっと関与する可能性がある。それは、練習や試合の場において、良い動きと悪い動きを正確に評価することである。特に、教えた型がきちんと身に着く前に、型に適応した動きと、適応しない動きを識別し、良い動きを褒めて定着させるのは指導者の仕事である。
 このような働きは、会社生活においても、良い管理職なら経験することである。部下が、『意識して
いないが良い働きをしたとききちんと褒める。この活動により、成長を促進し、組織の力をつけるのである。

 ただし、ここで指導者の器の問題が出てくる。選手や部下が、天才であり、従来の型を破り新しいものを生み出そうとしているとき、口出しして潰してはならないのである。例えば、柔道で『山嵐』を自得しかけている『現在の姿三四郎』がいたとする。まず、並みの指導者なら、そのような変則的なくみ方は悪いと言って、潰してしまうであろう。
 この選手の本当の天分を見極めて、自由にさせるか、止めるかを判断するのが、指導者の器である。

 管理職においても、部下を自分の小さい器で壊さないと言うことが、一つの悩みどころである。

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コメント

下の者は優秀。
指導者は愚鈍。
国がひっくり返った時にも、責任者はでなかった。
分かっている。分かっている。皆、分かっている。
わかっちゃいるけど、やめられない。
ア、ホレ、スイスイ、、、、、、

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