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2013年2月27日 (水)

高校の社会の勉強と大学での勉強

 先日、書店で高校の社会の参考書を見た。特に、政治・経済の分野など、全体像をつかむならこれで十分と言う感じもした。特に就活の観点で見れば、この知識にあと損益分岐点等の経営の基礎的なモノがあれば、十分ではないかと思う。
 さてここで、大学は何をしているのかと考えて見た。日本の政治体系や、経済構造などの知識付与と言う観点では、高校で十分なものがある。そこで大学の付加価値と言うのは、なんであろうか。
 一つの答えは、現在あるモノの機能や意味を、もっと深く考えることである。深くと言うのは、どのような機構になっているからくりと、その動作原理の理解である。もっと言えば、例えば『人間としての幸福を追求する権利』などの一般的な概念から展開して、今あるモノを理解していく訓練である。
 このように考えると、一般的な歴史を高校で学ぶ。一方、大学では例えば、日清・日露戦争前後の中国史を学ぶなど、狭い分野を深く考えることを学ぶのである。このためには資料の読み込み方などのスキルも身に着けないといけない。
 こうして、思考する力をつけるのが大学の教育であり、知識の量を増やすのが高校までの教育である。このような図式で考えると、少し見えてくるものがある。
 しかし、就職試験の適性検査で、このような思考法は検査されているとは言い難いものがる。もっとも、基本スキルの評価は十分できているので、このような能力がない人間の足切としての使い方はできるかもしれない。 

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