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2013年3月19日 (火)

教育の責任をどこに

 テレビなどで、徴兵制に関する議論を時々見る。そこで指摘されている、一つの観点として、日本自衛隊の質の高さを、世界に誇ることの重要性である。自衛隊には、軍事的な能力が当然要求される。軍事的な活動は、仮想敵国が、わが国に対し主権侵害を行った時に、発揮しないといけない。しかし、それ以前に外交交渉や、相手側の仮想実験において、自衛隊の能力を、高く評価させるほど、抑止力としては効果的である。
 このような観点では、

「日本の自衛隊は、志願制度であり、最下位の兵でも数倍の倍率の試験を通り抜けた人材である。」

と世界に言えることは、非常に望ましいことである。国防を真剣に考える立場では、このような志願制度を維持したいと言うのは、当然の意見であると思う。

 一方、徴兵制度賛成論者には、

「自衛隊に入ると躾ができる。社会性が身につく。」

と言う意見もよく見る。

 これは一見納得するが、何かくるっていると思う。本来躾や社会性は、義務教育の段階で教えるべきものである。学校教育の不備を、自衛隊に求めるのは何かくるっていると思う。

 そう思っていたら、今度は学校教師になる前に、社会経験が必要なので一旦企業に入ると言う、話が出ていた。これも本末転倒だと思う。少なくとも教育制度の中に組み込まれた、大学の教員養成は、そのような対策を行うべきでないといけない。
 企業が、大学の教育の上に、積み重ねる教育と言うのは解る。しかし文部科学省の管轄内で、大学の教育が不十分と言う議論はおかしいのではないか?
 もう一つ、このような腰掛就職する人間は、企業に対して堂々とその趣旨を言って、有期限の非正規雇用にすべきである。正規雇用の教育投資を求めるのは間違っている。このようなまともな発想もない人間の、社会勉強と言うことを認めてもよいのであろうか?

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