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2013年3月31日 (日)

難しい人事について

 会社で、部下に対した時、一番困ることにとつに、何か言い難い不満がある場合である。一つの例は、
  「その人の器が小さい」
と直観的に感じる場合である。当人が言っていることはそれなりに筋が通っているように聞こえる。しかし、何か不満がある。もっと良いモノがあるはずなのに、当人はこれでよいと言っている。このような状況は上司として一番困る状況になる。
 実は、私自身が20年ほど前に、その困った部下を演じたことがあった。ある研修システムの計画を作ったのだが、当時の課長はうんと言ってくれなかった。どこが悪いか聞いても、何かはっきりしない答えが返ってくる。そして、もっと研修のプロである、業者と話をしたら等と言う、中途半端な指示であった。この話は私が、その後カウンセラーの勉強をして、ロジャーズの理論学び直し、エンカウンターグループを理解した時に、自分の考えの浅さと、アンバランスに気が付くまで解決しなかった。
 このように、何かおかしいがそれが言えないとう状態は、管理者などにとって一番困ったことである。
 これを考えていたら、東大の駒場騒動の話が、日経BPのHPに載っていた。
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20130327/245736/?ST=life
 この時東大の先生が、N先生を迎えるかどうかで、大きく荒れたらしい。
 この時ある先生が、使った評価は、一つのヒントになると思う。

 つまり科学的な概念を誤った定義で引用し、比喩としてエッセーなどを組み立てるというのは文学や小説としてであれば結構だが、学術論文として業績表にそれを記すのは(少なくともサイエンスの世界では)考えられない、というもので、この論旨自体は当時も今もまったく妥当だと思います。

このような細部から、全体を見る観点が重要だと思う。

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