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2013年5月12日 (日)

日本語で講義できる大学

 グローバル化の話の中で、日本の大学教育が、英語で講義していないのは、おかしいと言う議論を聞く。確かに国際化と言うことなら、今のところ一番広く通用している、インターネット的英語で講義をするのも一案かもしれない。
 しかし、日本と言う国をここまで持ってきたのは、明治の文明開化の時、苦労して英語・フランス語。ドイツ語などで書かれた、主要概念を翻訳し、何とか教科書で展開できるようにした、先人の努力があったことを忘れてはならない。西洋文明を急速に取り入れ、普及させるために、まず翻訳は必要であった。なお、翻訳調と言うことで、読みにくい文書は多くあったが、それはまた解釈説明する、人間が介在して普及させていった。
 このような状況を考えると、日本の大学での日本語での教育は、捨てるべきではないと思う。
 前にも書いたが、「集合論―独立性証明への案内」等の翻訳が手に入るのは、ありがたいことだと思う。
 ただし、大学と言う機能を考えた時、国際的な競争にさらされていないと困るのも事実である。日本語で発表した論文を、どこまで海外の人間が読みに来るか?冷戦時代の、ロシア語の論文は、主要なものは英語に翻訳されていた。このような状況に、日本語の論文はまだ到達していないように思う。
 国際的に評価される大学であり、しかも国内への学問普及を図る大学であってほしいと思う。

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