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2013年6月20日 (木)

すべてのアメリカ人のための科学から(その2)

続けて、科学的探究について
 科学的学問は、証拠に根拠を置き、仮説と理論を使用して、適切な論理を使用する点では、共通している。各分野での手法は様々だが、科学的正当性を持つ研究がどのようなものであるかについては、共通の理解がある。この様な科学的な考え方は、日常生活でも使うことができる。

(1)科学は証拠を要求する

 科学的主張の妥当性は現象を観察することで解決される。したがって,科学者は正確なデータを収集することに努力する。

(2)科学は論理と想像力の融合である

 仮説や理論の形成にはあらゆる種類の想像力や思考力が利用されるが,
どのような科学的主張であっても論理的推論の原則に合致しなければならない。
推論,実証,常識に関する一定規準を適用することで,主張の有効性は試されなければならない。
 仮説を立ててそれを検証することは,科学者の中心的活動の一つである。仮説に有用性を持たせるには,仮説を支持する証拠と仮説の反証となる証拠を明確にする必要がある。本来的に証拠を検証することができない仮説は,興味深いものではあるかもしれないが科学的には有用ではない。

(3)科学は説明し予測する

 

科学的理論の信頼性はしばしば,以前には関連性がないと思われていた現象間における関連性を示す能力から生まれてくる。理論は予測しこれを検証する。

(4)科学は偏向を特定し回避する

 研究者,標本,手法,又は装置に起因する偏向を,すべての事例において完全に避けることはできないかもしれないが,科学者は偏向の原因を探り,偏向が証拠に与える影響を知ろうとする。科学者は,他の科学者の活動に関して同様に,自らの活動において可能性のある偏向に注意しようとする。

(5)科学は権威ではない

 いかに著名であれ,また高い地位に就いていても,他の科学者のために何が真理であるかを判断する権限は誰も持っていない。

このような科学的態度、当たり前ではあるが実践できているか常に反省しないといけない。

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