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2013年6月21日 (金)

すべてのアメリカ人のための科学から(その4)

技術の本質 

 技術は、科学の応用として位置付けている。技術は世界を変えていく我々の能力を拡大するものであり,切る,形作る,材料を組み立てる,物を移動させる,我々の手や声,感覚をより遠くに届かせることなどを可能にするものである。我々は,世界を自らにとってより快適なものに変えていくために技術を利用する。

1.科学と技術の関係
(1)技術は科学に依存し,かつ科学に貢献するものである
 技術の伝承において、蓄積された実践的な知識と同様に重要なのは,物事の仕組みの根底にある原理についての理解,すなわち科学的理解に根ざした技術への貢献である。
 技術の開発と利用に関する科学的知識の体系的な応用としての工学は,製作技能から生まれてそれ自体が科学となったものである。科学的知識は,製作または観察の前に,物事の振舞いがどうなるかを推定するための手段を提供する。さらに,科学はしばしば,以前想像さえしえなかったような新しい種類の振舞いを暗示し,それが新しい技術につながっていくことがある。技術者はデザイン戦略と併せて科学と技術の知識を利用し,実際的な問題の解決を図る。 
 また、技術は,科学的な目と耳を提供し,筋肉の一部も提供してくれる。
 工学は科学研究を現実的な価値に結びつける。
科学者は,世界を理解可能なものにする目的で現象の中に一つの傾向を見ようとするが,技術者もまた世界を操作可能なものにする目的で現象を見ている。科学者は,理論がデータに一致することを示そうとし,数学者は抽象的な関係を論理的に証明しようとするが,技術者は,デザインが有効であることを実証しようとする。科学者がすべての疑問に答えられるわけではないし,数学者も可能性のあるすべての関係を証明できるわけではないように,技術者もあらゆる問題を解決するようなデザインができるわけではない。

2.技術の原理
(1)工学の本質は制約の下でのデザインである
 すべての工学デザインは,特定され,考慮されなければならない制約の中で行なわれる。そうした制約の一つは絶対的なもので,例えばエネルギー保存などの物理的法則や,柔軟性限界,電導率,摩擦などの物理的性質である。他の制約にはある程度の柔軟性があり,例えば経済的(個々の目的に利用可能な資金),政治的(国家的な規制),社会的(一般市民の反対),生態学的(自然環境の破壊の可能性),倫理的(一部の人々に対する不利益,後続世代に対する危険度)な制約である。最適なデザインは,あらゆる制約を考慮に入れ,その中で何らかの合理的な妥協点を探る。特定の追加的な技術開発を行わないといった決断を含め,そうしたデザイン上の妥協点を定めるには,個人的,社会的な価値を考慮する必要がある。デザインは時に既知の要素の組合せに関する所定の作業しか必要としないこともあるが,問題解決のための新たな手法,新たな要素,及び新たな組合せの発明に向けた優れた創造性,新たな問題や可能性を見極めるための革新を要することもしばしばである。しかし,完全なデザインというようなものは存在しない。デザインは、常に試験を必要とする。

(2)すべての技術は制御を伴う
 すべてのシステムはそれを適正に運用するための制御を必要とする。制御の本質は,実際の現象と期待する現象との情報を比較し,適正な調整を行うことにある。制御は,(センサーまたは他の情報源による)フィードバックと指示内容(そして,おそらく他のデータ入力)との比較に加え,変更を行うための手段を必要とするのが通常である。制御がその複雑さを増すにつれ,制御間の調整作業も必要となる。

(3)技術には常に副作用がある
 あらゆるデザインには、その意図したこと以外の副次的な作用がある。その中には予想しない便益もある。こうした副次的な影響のいくつかは,予測するための関心や方策の欠如のために予期せぬものとなる。しかし,技術システムや新たな用途を見出そうとする人々の創意工夫が極めて複雑であるために,多くは原理的にも予測できるものではない。一部の予期せぬ副次的な影響は,結果的に一部集団内の多くの人々にとって倫理的,美的,または,経済的に受容できないものとなり,地域社会における共同体間の軋轢に発展する可能性もある。そうした副次的な影響を極力抑えるために,計画する者は体系的な危険度分析に依存するようになっている。
 しかし,危険度分析は複雑なものになる可能性がある。一連の行為に伴う危険度は決してゼロにできないため,受容可能性は代替可能な一連の行為による危険度,または,他のよく知られた危険度との比較によって決定しなければならない。危険度に対する人々の心理的な反応は,必ずしも便益と経費に関する単純な数学的モデルに合致するとは限らない。人は,自ら支配できない場合(たばこの煙など)や,好ましくない事象が一時的に大きな結果を伴って発生する場合(航空機事故1 回あたりの多数の死者に対する自動車事故1 回あたりの少数の死者)には,危険度をより高いものとして知覚する傾向がある。危険度に関する個人的な理解は,危険度の記述方法によって大きく影響される。例えば,死ぬ確率と生き残る確率,恐れられる危険度と容易に受け容れられる危険度,総経費と1 日1 人あたりの経費,実際に影響を受ける人々の数と影響を受ける人々の比率,といった対比によって,危険度の知覚上の重大性が異なってくる。

(4)すべての技術システムには失敗する可能性がある
 現在の工業製品の信頼性は非常に高くなっているため、失敗は驚きを呼ぶほど稀な事象となっている。しかし,システムの規模と複雑さが増すにつれ,それが誤った方向に向かう可能性も高まり,失敗による影響もまたさらに広範なものとなる。システムや装置は,様々な理由から失敗,故障することがある。失敗を予防するため、デザインには余裕を持たせることが多い。

2.技術と社会
(1)技術システムと社会システムは相互に強く影響し合っている
 技術に関する意思決定には社会的要素を、無視することはできない。一方、技術は歴史の進路と人間社会の特性に強く影響している。

(2)社会システムは技術の開放性に一定の制約を課す
 経済的理由や政治的理由で、科学的知識や工学的知識の開放には、制約を課す場合がある。しかしながら、技術を永久の独占できるものではない。

(3)技術利用に関する決定は複雑である
 多くの技術的選択委は市場原理によるが、規制による変化もある。
 技術に関係する問題は複雑で,多面的である場合が多い。技術に関して適正な個人的,集団的決定を行えるかどうかは,狂信者や懐疑論者がいつも進んで主張しようとはしない情報を持つことにかかっている。提案される新しい技術に関する重要な問題には,以下のことが含まれるべきである。

  • ・同じ目的を達成する上での代替手段にはどのようなものがあるか。代替手段の長所と短所は何か。それぞれのプラス,または,マイナスの副次的な影響の間ではどういった妥協が必要になるか。
  • 主要な受益者は誰か。利益をほとんど,または,全く受けられないのは誰か。提案されている新しい技術の結果,被害を受けるのは誰か。利益はどの程度の期間に及ぶのか。当該の技術に他の用途はあるのか。その受益者は誰か。
  • 提案されている新しい技術の構築や運用の経費はどの程度か。代替手段の経費と比較してどうか。受益者以外の人々は経費負担を強いられるか。誰が提案されている新しい技術の開発経費を引き受けるべきか。経費は時間経過とともにどのように変化するか。社会的経費はどの程度か。
  • 提案されている新しい技術にはどのような危険度が伴うか。新しい技術を使わない場合に伴う危険度はどうか。誰に最も大きな危険が及ぶか。当該の技術は他の生物種や環境に対してどのような危険度をもたらすか。可能性のある最悪の場合として,それがどのような問題を引き起こしうるか。誰が責任を問われるのか。問題はどのようにして解消または抑制できるか。
  • 提案されている新しい技術の構築,導入設置,運用に必要な人材,材料,道具,知識,専門的知識・技能(ノウハウ)はどのようなもので,利用は可能であるのか。利用が可能でないとすれば,どこからどのように入手するのか。建設,または,製造,それに運用に必要なエネルギー資源は何か。当該の新しい技術を点検・保守,更新,補修するのに必要な財源はどの程度か。
  • 新しい技術の廃棄物を安全に処理するためにすべきことは何か。当該の技術が時代遅れ,または,老朽化した際に,どのように交換するのか。最後に,建設,または,製造の原材料とそれに職業を依存する人々の処遇はどうするのか。 

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