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2013年6月14日 (金)

根本原因の解決は?

 近頃のニュースを見ると、根本的な問題解決をせずに、変な対処が多くなっているように思う。例えば、

「性犯罪被害者の女性が転居先を、検察のミスで加害者に知られた」

と言う事件があった。この話は、検察のミスと言う議論の前に、なぜ加害者が被害者に、再度の課外を行えるようなことになっているのかと言う問題である。もっと踏み込めば、加害者側の弁護士が、「加害者の権利を守る」と称して、被害者に対して圧力をかけている。このような状況が許されてよいのであろうか。本来、被害者が逃げ隠れするのではなく、加害者が被害者に接触ことができなくする。これが本来の解決ではないか。もっと言えば、加害者が、再犯の可能性があれば、予防的に拘束できるぐらいの制度がなぜ取れないのであろうか?
 この問題は、社会の治安一般に関する問題でもある。この国の警察は、人が死んだら動くが、危険を感じた人間を守れないと言う縛りがある。これは、いわゆる人権派の各種活動家の追求などで、犯罪者の人権を守れと言うことが厳しいからである。もう一つ言えば、法律に決められたことしか、警察は動けないと言うことがある。
 このような、根本問題を議論せずに、末端ばかり話すのでは、この国は良くならないと思う。なお、被害者の権利と言うことで言えば、アメリカ的な発想も一つ考慮すべきであろう。まず、一つは銃を持つ権利である。弱者が身を守る権利としての象徴が銃である。性犯罪者の暴行に対して、被害者が発砲し命中しても、アメリカの社会はそれを認める。このような発想も、極論として考えるべきであろう。
 もう一つは、弁護士と民事裁判の活用である。民事裁判と言うモノを決闘の延長と考える。弁護士を代理戦士として立てることで加害者側と闘ってもらう。アメリカの高額訴訟は、相手側を完膚なきまで叩き伏す、このような戦いの手段でもある。このようなことも、一つ考慮すべきではと思う。

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