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2013年6月18日 (火)

指導死、過労死そして体罰

 教師の『指導』が原因で、自殺する子供について、『指導死』として、取り上げている。
 一方、会社では『過労死』の問題がまだ後を絶たない。一方、スポーツの指導の中には、大阪の桜宮や日本柔道連盟の様に体罰の問題がある。
 この問題の根本には、2つの原因があるように思う。一つは、教師や管理職などの上位者が、指導と言って居るが、本当の解決方法を解っていない場合である。つまり、自分で解決できないことを、部下や生徒に「解決しろ」と丸投げしている図式である。桜宮高校の事例でもわかるように、
   「試合で負けたら、生徒の代表を殴っておけばよい。」
このような発想の指導者が少なからずいるように思う。
 この問題をもう少し深堀すると、運動の指導者になっても、実際にどう指導したらよくなるのか、理解できていない者もいる。管理職にありながら、自部門の問題の解決方針を出せない管理職もいる。さらに、このような考えの必要性を理解できていない人間もいる。上位者の指示を伝達する、メール転送機能しかない管理職である。
 この解決として、本来は学問の世界などで指導法や経営学などから、方針を出すべきだと思う。しかし、学問側も腰が引けている面もある。
 http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130613/249624/?bv_ru
 ここで学問側にも、もっと踏み込んでほしいものである。

 さてもう一つ、大事な問題がある。これは部下と言うか指導を受ける側の問題である。今の日本の教育はゆとり教育と言うことで、『楽にできる』ことしか教えていない。一昔前に流行った、インド式計算の裏には、小学校の筆算の教え方が、あまりにも分解しすぎて、暗算を行わせなくした反動でもあった。
 このような教育で育つと、子供たちは
  「何とか工夫して答えを出す。技が身につくまで繰り返し練習する。」
と言う鍛錬を経験した機会が無くなっている。このような育ちをした世代に、技を磨け、自ら学べと言っても、伝わりにくくなっているのも事実である。これを理解できない指導者とのギャップも一つの原因ではないかと思う。
 私は、小学校の頃、教科書の書き写しや、算数計算のドリルをいろいろやらされた。単純作業で馬鹿らしいと大学時代は思ったが、このような忍耐して身に着ける経験をしたことも、一つは役に立っているように思う。

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