ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« メディアの進歩で想像力の低下 | トップページ | 就活での救いについて »

2013年7月 5日 (金)

「事実をして語らしめる」に関してもう少し

 先日から、このブログに対し、マックス・ヴェーバーの「職業としての学問」の一節「事実をして語らしめる」に関連したアクセスを散見する。
 これに関しては、先人の議論も色々あるが、私としては宗教的な側面から少し意見を述べておいた。山本七平氏の意見にもあるが、日本人は明恵上人の「あるべきようは」の影響を少なからず受けているように思う。
 ここで、もう一歩話を広げて、科学哲学の観点で、このような『実在』の可能性を信じることの効果を指摘しておきたい。
 村上陽一郎氏が、キリスト教的な絶対神の存在の元で、神の統一思想を求めることが、科学的探究の動機づけとなっていると、どこかで指摘したいた。しかし、カントの思想にもあるように、キリスト教では、神の絶対の世界に人間は到達できないと言う、諦めもある。
 一方、日本人には明恵上人の華厳思想や、弘法大師の即身成仏で、自らの中にある、神との一体と言う発想がある。そして、自然を盆栽や弁当箱の小さなものに実現すると言う形で、「あるべきモノ」を自ら実現できるという信念があった。このような信仰の力があれば、西洋の科学文明の受容も簡単にできたと思う。
 このような観点から科学歴史や哲学を考えてもよいのではと思う。

« メディアの進歩で想像力の低下 | トップページ | 就活での救いについて »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« メディアの進歩で想像力の低下 | トップページ | 就活での救いについて »