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2013年7月17日 (水)

「職業としての学問」を読む(修正と言うかぼやき)

 「職業としての学問」について、書くために現代思想の2007/11臨時増刊「総特集:マックス・ウェーバー」を読み直した。元々、三笘利幸氏の項は、「事実をして語らしめる」などの問題もあり、参考にしていた。しかし、p98~p116の内藤葉子氏の「『神々の闘争』は『ヴェーバーの遺した悪夢』か?」にも大切なものがあると、改めて読み直した。
 ここで、驚いたのは、「職業としての学問」の講演日時が、1917年11月7日と書いている。この年は、まだ第一次大戦は進行中であり、アメリカが1917/4/6にドイツに宣戦布告、1917/3にロシア革命と、ドイツは不利ではあるが、まだ敗戦には至っていない状況である。
 さて、岩波文庫の表紙を見てみよう。

第一次大戦後の混迷のドイツ~~~

となっている。岩波文庫では、「職業としての政治」の後書きでも、

講演の行われた正確な日時は定かではないが、おそらくは1月28日の夕(『職業としての学問』の方は1月26日)~

とあるので、戦後の講演と言うのが公式見解らしい。

 しかし、講演が行われたのが、戦争中と言うことと、敗戦後と言うことでは、聴衆の考えなど大きく変わっていると思う。いくら「無前提」で考えるといっても、このような情報はきちんと与えて欲しいものである。
 戦争遂行と、反対の意見が分かれ、多くの人が方針を求めているとき、ヴェーバーは学者が教壇の上から政策を述べてはいけないといった。学者にできることは、厳密な検討であるが、その前にある神の領域は、別物と言って居る。戦争中の発言と、戦後の発言が、大きく変わったのは、第2次大戦後の日本の教壇に立った人たちに多く見る現象である。このようなことを考慮して、尾高訳ではわざと日付を間違えたのではと、疑ってしまうのは考え過ぎであろうか?

 なお、日付の件で間違っているなら、「事実をして語らしめて」欲しいものである。

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