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2013年7月18日 (木)

千葉周作の功績と限界

 武道雑誌の「秘伝」7月号は、千葉周作の特集であった。幕末の時代に、現代剣道の基礎を作った、千葉周作の功績は、教育者として多くの優れた面を持っている。技を合理的に整理し、しかも切返しなどの基本的な稽古方法も確立した。
 この特集には、草創期の防具の話もあり、これも興味深いものがある。特に、初期の面は頭部を覆うのではなく、顔面の防護が主体であった。これは、面への攻撃が、顔面への突きが主体であり、今の剣道のように上から打ち下ろす形式が少なかったことをしましたいる。
 さて、ここで剣術の歴史をもっと遡って考えた。戦国時代などの件の技は、鎧兜をかぶった、戦場での戦いの技である。従って、刀を頭上に振りかぶることは、自分の兜が邪魔でできない。一方、相手側も兜をかぶっているから、頭頂への打撃は効果的でない。顔面やのどへの突きが有効である。こう考えると、初期の防具が顔面の防護に力を入れているのも納得できる。
 もう一つ、鎧兜を着た相手に、効果的な攻撃は、鎧の垂れの下から、股間を突き上げる攻撃である。特に自分も鎧兜に身を固めたら、上からの攻撃は、鎧兜で守り、自分は下から突き上げる。このような技が、主体となってくる。
 さて、この様に下から突き上げる技に習熟した人間が、鎧を着ていない時でも、立ち合いをする時には、下段からの突きを一つの得意技とすることは自然にあったであろう。いわゆる「地摺り正眼」と言うのは、このような技ではないかと思う。
 しかし、千葉周作は「地摺り正眼」については、「単なる下段」と言い切っている。一方、津軽藩に伝わる一刀流の伝承者の笹森順造の著書には、「地摺り正眼」の対処法が簡単ではあるが書いてある。
 私の考えでは、千葉周作はいわゆる武門の家の出ではないので、甲冑での戦いというものは伝承を受けなかった。一方、津軽の一刀流には甲冑での戦いもきちんと伝承したいた。この伝承の理解の違いが、「地摺り正眼」の評価の違いに出たのではと思う。
 新しいことを創出するとき、伝承を知らない人間が行うことの、限界のようなものを少し感じた。

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