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2013年7月 9日 (火)

今こそ「事実をして語らしめる」についての議論が必要

 ここしばらく、このブログに「職業としての学問」や「事実をして語らしめる」に関する検索からの訪問者があった。このテーマがいま議論されることは大切だと思う。先日もテレビで、ビッグ・データの活用について取り上げていた。現在の、ネット社会では、色々な行動などの情報が、電子化された形で入手可能である。つまり、大量の生データが比較的簡単に入手することが可能になる。
 しかしながら、実際に使える形での情報や知識・教訓を引き出すためには、何らかの加工が必要である。言い換えると、
   「ビッグ・データの裏付けがある。これは事実である。」
と言われても、軽々しく信じてはいけないと言うことである。つまり、データを加工するための、何らかの考えが入っているのであり、その前提をはっきりさせないといけない。このような前提の影響を意識して、他の解釈の可能性を認めることが、ヴェーバーの言う『価値自由』である。
 このためビッグ・データの利用には、科学的手法と言っても、社会科学の手法を取り入れる必要がある。単に統計学の知識があると言うだけで、数学出身者を大量採用するようなことを行うと、リーマンショック前の、「カオス理論の株価予測」「金融工学」などの信仰と没落を再現することになる。
 数学出身者を採用しても、きちんとヴェーバーの客観性論文あたりを教育するか、ヘイグの方法論を教えて欲しいと思う。

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