ご縁のあった人たち

無料ブログはココログ

« いわゆる慰安婦問題などについて | トップページ | 建前と本音について »

2013年7月27日 (土)

教えてくれないか、感じないか?

 前にも書いたが、「教えてくれない会社はブラック企業」との言い方は、一部の若い人の間では常識らしい。これに対して、一つの反論は、
 http://manabizz.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-b093.html
に書いた。
 このように、「技を盗む」「自分で感じ取れ」という世界は、昔からの日本の伝承法として、芸事など色々な分野であった。一つの極端な例は、武道関係の内弟子である。実は、師匠の衣類の洗濯や、風呂で体を洗うという作業も、本当に使う筋肉などを知るための貴重な機会である。この気づきのある人間は、内弟子生活を貴重なものとして、活かすことができる。一方、それが解らない者は、いくらたっても上達しない。
 なお、武道に関して言えば、このような感受性の鈍い弟子は、弟子としない方が、師匠の利益にもなっている。武道と言うのは本質的に命のやり取りである。しかも、相手は初めて見る相手である。負けたものは死ぬから、新たに戦うものは、初めての敵が多い。この時、相手の弱点をできるだけ素早く見抜く、逆に自分の弱点を如何に隠す、このような眼力勝負が最初に行われる。この時、鈍い人間は負けることが多い。自分の弟子が負けることは、師匠にとっても不利なので、このような鈍い弟子を除外する仕組みとして、内弟子制度の意味はあると思う。
 この話は、今の会社生活でも、関連しているように思う。他の社員からの好感や不満を感じない社員は、成長が遅くなる。自分のしたことに対する、皆の感謝を感じる力があれば、仕事は楽しくなるし、改善も進んでいく。そして、良い悪いのフィードバックを自分で行うことで、ますます成長していくことになる。
 一方このような力がないなら、言葉でしっかり教えろ。明確に評価しろ。報酬を出せという形になって、進化が進まなくなる。これが今の一つの問題ではと思う。

« いわゆる慰安婦問題などについて | トップページ | 建前と本音について »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 教えてくれないか、感じないか?:

« いわゆる慰安婦問題などについて | トップページ | 建前と本音について »