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2013年8月 5日 (月)

日本語の力について

 私たちは、母国語で数学から物理学、そして哲学や社会科学を学ぶことができる。これは、非常に大きな利点である。このために、明治の維新の時、多くの文書を翻訳した、先人の努力を忘れてはいけない。
 しかし、もっと昔に大きな分岐点があったと思う。私は、その分岐点を、空海の唐での留学とみる。いろは歌は、空海の作という伝承は、間違っているというのが現在の歴史研究結果らしい。しかし、アイウエオの五十音図は、空海でないとできなかったという説は、今でもある。つまり、サンスクリットなどの、音韻に関して深い知識を持つ空海でしか、日本語の発音を整理することはできなかった。
 さて、当時の日本と言う国を考えて見よう。当時の教養人は、漢語で文章を書いていた。つまり、今の英語みたいな物で、高度の文明を記述するには、中華の言葉でないと弱いと考えていた。また実際に弱かったかもしれない。
 一方、真言密教と言うか、仏教の根源を求めた空海は、漢語でも不十分で、梵語まで踏み込んで経典を読み、理解していた。当時の唐は、現在のアメリカと同じく国際化していた。つまり、インドの色々な教えなども、知ることができたのである。
 こうして、漢語を絶対のモノと考えず、自由に考える力を持った、空海と言う天才が、かな文化と言う、日本語の独自文明を拓いたというのは、十分可能性があると思う。そのことを直観的に知った当時の人たちが、象徴として「いろは歌」を弘法大師様から頂いたというのは、納得がいくと思う。

 なお、空海が当時国際化した、唐でインドのヨガなどの情報を得たと指摘したのは、阿含宗の桐山管長である。彼についての評価は、色々な説があるが、よく勉強しそれなりの修行していることは間違いない。その上で、仏教の教えとヨガの教えなどを実践して、直観的にこの理解を手た点は評価すべきだと思う。

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