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2013年8月11日 (日)

平等社会と階層社会

 女性の就活に関して、男社会の壁というものから考えている。一つの面は、体育会系の上下関係に組み込まれない女性と言う問題である。もっと言えば、定時出社ー定時退社の時間だけの関係の女性社員と、アフターファイブの付き合いまで含めた、男性社員社会との関係である。
 これは、表面で考えれば、定時内での仕事で評価されるべきと言う議論となる。しかし、実際は仕事上、特に人間関係から身のスキルなどは、定時後の付き合いなどで伝授される場合も多い。特に、人の成長を、付き合いの席などから、見ていくことも多い。
 これに絡んでもう一つ大きな問題がある。日本の社会では、建前上は皆が平等で、思い切って意見を言うという世界である。しかし、実際は色々な壁が存在し、立場によって言うべきことと、言ってはいけないことが存在する。この判定が、定時後の付き合いなどを含めて、総合的に行われていることが多い。
 さて、このような平等発言と、階層化した発言許可社会の2つを、比較的わかりやすい教育指導の世界で見てみよう。今の学校制度は、教師の優位は認めるが、同じクラスの生徒間では本質的に平等であり、特に発言機会は均等に与えられている。
 一方、古流的な武術の世界を考えて見よう。ここでは、守破離の教えに従い、最初は師匠の言うう通りのことしかできない。口答えなども許されない。そしてある段階まで進むと、発言が許される。そして、最後は教えを破り、自分の創造を試してみる。ここで得るものがあれば、師の教えを離れ自分の流儀を立てるのもよい。この教えの中には、色々な秘伝があり、段階的に教えることは、他の人間、特に下位レベルには教えてはいけない。例えば、一つの形にも色々な解釈がある。上位者の解釈で攻められると下位の解釈では、防ぎきれないようになっている。この理由は、下位の地力がついていない人間が、上位者の楽な手法を知ったら、安易に流れるためそれ以上の鍛錬が進めなくなることもある。
 このような、階層化した教えを、無視して、建前としての平等主義を押し通したが、本円としての階層化が残り、それを勤務外で伝えるなどのひずみが、今の会社生活に残っていると思う。

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