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2013年9月13日 (金)

論理的な考え方について(続き)

 昨日は、幾何学を例にして、論理的な考え方の、進化について書いた。しかし考えて見ると、私は高校ではユークリッド幾何学を、公理から展開する段階は学んでいない。しかし、数論等の公理からの展開というものも学んでいない。
 一方、大学でも学んだことは、解析学や代数学で、定義と公理に基礎を置く論理の展開と言うことは、学んでいなかったように思う。たしか大学の図書館で、ブルバキの教科書を手にしたことはあるが、その意味を理解していなかった。
 これと同じような状況に今の人たちもなっているのでは、だいぶ心配している。物事を議論するとき、根拠をどこに置くかと言うことを、しっかりしていないと上滑りや、循環論法になる。
 根拠として、現実の事例を持ってくるのか、それとも皆が納得する公理を持ってくるのか、このようなことが必要と言うことから、議論しないといけないと思う。
 ただし、公理の前には、直観的に理解できるものがあった方が良いように思う。数論などの話も、その前に実際の計算を多く経験している。このような土台の上で議論する。但し、公理と定義が一度決まると、そこで直観的なイメージから離れることも大切である。
 このような、確信度の梯子の上下と、抽象の梯子の上下が、論理的な議論を行う原動力になると思う。
 多くを学ぶより、整理されたものを深く学ぶことが大切である。

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